DC-05-02:地獄にも慣れた

治癒師と魔剣・本文

 そこでバーツは「そういえば」とイレムを見る。

「先程、エウドに神殿騎士が大勢、とのことでしたが。噂では二十年ぶりの誕生か、と言われている御仁が率いておられるとか」
「ああ、そうだ。間違いない」

 イレムは大きく頷いた。

「本人の自覚の無さは問題だが、間違いない。俺の親友でもあるから間違いない」
「親友ですか。それは頼もしい」

 バーツは豪快に笑いかけ、苦痛に顔を歪めた。

「大丈夫かい」
「痛むだけです、どうということもありません」
「包丁で指切ったのとはわけが違うぞ?」
「致命傷ではないことはわかっておりますからな。何も恐れるものはありませんよ」

 バーツは一息つくかと草の上に腰を下ろす。イレムは万が一に備えて立ったままだ。

「しかし、神帝師団アイディーに聖騎士ですか。これでようやく生きた心地がしてきましたよ」
「早々にその殿をこっちに引っ張ってきてやる。国内最高の治癒師とも言われている男だ。役に立つぜ」
「噂はたくさん聞いておりますな。腕や足を再生させたこともあるとか」
「少なくとも一度はやってる。俺が見ている」
「ほう! 再生の治癒魔法など眉唾ものと思っておりましたが」
「これがあるんだなぁ」

 イレムは胸を張る。ファイラスにできないのは蘇生くらいなもので、「息さえしていればどうにでもなる」とイレムは信じている。

「その方はどのような方なのですかな」
「カタブツ。そりゃもうひどく頭の固い男だ」
「お若いんでしょう」
「俺と同い年だな、多分。だが神殿で生まれ育ったようなものだから、やはりまぁ、四角いのなんの」
「ヴラド・エールは厳格ですからなぁ」
「んむ」

 イレムはまたディケンズ辺境伯の出城の方を見遣り、腕を組む。

「だが、そういう性格だからこそ聖騎士にはぴったりだろう。有能な助手もいるしな」
「助手、ですか」
「ああ。いっつもあいつにくっついている女神官がいてな。で、あの二人セットならまぁ、そこそこ融通もく」

 ケーナはいつの間にかファイラスのそばにいた。いつどこで出会ったのか、どうしても思い出せないのはイレムにとっては気になる問題だった。確か四年くらい前、ファイラスがまだ神官補だった頃にはいた気はする。

 あの頃はといえば、ヴラド・エールの聖神殿――ファイラスが暮らしていた神殿だ――はずいぶんと権力闘争でキナ臭かった頃だ。師匠でもあるゼドレカの受け売りだが。

 同じ頃ファイラスは極秘任務とやらを任されていて、二年近く会えなかった。再会した頃には、ケーナはファイラスの隣にいた気がする……のだが、記憶のその部分はなんだかぼんやりしていた。

「そういえば」

 イレムはバーツを見下ろして尋ねた。

「ゼドレカ師匠から不穏な話を聞いた」
「今の状況以上に不穏な話ですか?」
「いや、今の状況を作り出しているかもしれないものの話だ」
「ほう」
「魔神ウルテラについては?」
「もちろん存じております、准将。世界中知らぬものなどおりますまい」
「そうだな」

 イレムは頷く。創世の神話に出てくる魔神の一柱だ。創世の神話には数多の魔神が登場するが、その中でも群を抜いて強力だったのが、「魔神ウルテラ」だった。龍の英雄たちの力でも倒すには至らず、どうにかして力を分散して封印することしかできなかったのだ。

「魔剣ウルと妖剣テラについても?」
「もちろん。もっとも、その所在は不明。二振りの剣は比喩だとか、もともと存在しないとかそういう説もありますな」
「存在はしている、絶対に」

 イレムは断定する。

「一振りはアイレス魔導皇国。もう一振りは我らがアルディエラム中央帝国に」
「なんと」

 バーツはイレムを凝視する。イレムは至って真剣な表情だった。

「ゼドレカ師匠は、この二振りを出会わせてはならないとおっしゃっている」
「魔神ウルテラが蘇る……と?」
「そうだ。事実かどうかはともかく、その噂を信じて動いている奴らがうじゃうじゃいるらしいぜ」
「まさか、今回のこの反乱は、そのための」
「可能性の話だ」

 イレムは肩をすくめた。

「だが、どうにも嫌な予感がするぜ」

 その時、陣地の前衛方面で騒ぎが起きる。バーツは気乗りしない様子で立ち上がる。イレムは腕を組んだまま、その騒ぎの起きている場所を探す。

「魔力密度が上がったな」
「わかりますか」
「そりゃね」
「新しい死体が不死怪物と化します。白骨化したものは土の下から這い出してきますな」
「……慣れてるんだな」
「残念ながら、慣れてしまいました」

 バーツは目を伏せながらそう呟いた。イレムは「やれやれだぜ」と言いつつ首を鳴らす。

「不死怪物の襲撃は我々を休ませないための嫌がらせみたいなものでしてね。あとは精神攻撃とでもいいますか」
「同僚の亡骸なきがらに斬りかかるのは、な」
「そうですな」

 卑劣な奴らめ――イレムは心から憤っているが、感情が昂ぶれば昂ぶるほど、傍目には冷静になっていくように見える。

「いっちょ見回り行ってくるか」
「兵も喜びます」

 バーツが言うと、イレムは親指を立てながら姿を消した。

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