夕方に差し掛かる前に、ファイラス、ケーナ、そして五十名ばかりの神殿騎士たちは移動を開始しようとした。イレムはそれよりも先に、単身で最前線へと戻っていった。
馬車二台を伴ったファイラスたちの進軍は必然的にゆったりとしたものになる。途中で異形や兵士に襲われないという保証はない。いや、むしろその危険は高まっている。本来ならばイレムも同行するのが安全ではあったが、最前線のほうが気がかりだと、イレムは「大丈夫だって。俺が言うんだから間違いない」と、あっさりと護衛を放棄した。
いざ出発という頃になって、エウドの町外れに四名の騎士が完全装備で姿を見せた。
「治癒師様、我々も同行します」
その装備を見るに、全員が小隊指揮官級だ。ファイラスは馬から降りて騎士たちの様子を観察する。
「傷は完全に癒えたわけじゃない。まだ数日は動いていいとは言えない。戦うなんて以ての外だ」
「なに、囮の役くらいは十分できますって」
別の騎士が言う。他の三人も頷いている。そこでケーナも馬から降りて顎に手をやった。
「あのぅ。みなさんの部隊は」
「大半が死にました。しかしまだ最前線にいくらかいます。エウドにいる奴らも、動けるようになったらすぐに戻ると」
「なぜなんだ?」
ファイラスが眉根を寄せている。
「君たちはこの街に留まっていても良いことになっている。たとえ動けるほどに回復したとしても、最前線に戻らなくても罪には問われない。なのに、なぜ、わざわざ化け物たちがいるという最前線に戻ろうとする? 地獄なんだろう? なぜだ?」
「地獄だからこそですよ、ファイラス様」
騎士が笑いながら言う。
「どういうことなんだ」
「仲間、部下、上官、別になんでもいいですが、とにかく同じ地獄を体験した仲間が、今もまだ地獄にいるわけですよ、ファイラス様。あの地獄に四千人ですよ。自分は負傷してこの街に送られた時、悔しくて泣いたんですよ」
周りの騎士たちも頷いている。その騎士は続けた。
「あの地獄から、自分だけおめおめと生還してしまったことが情けなくて」
「そうです」
別の騎士が言う。
「しかし、治癒師様のおかげで俺たちはまた戦えるようになった。ありがたい話です」
「だが、再びその地獄に戻ることになるんだぞ。怖くないのか」
ファイラスの問いかけに、騎士たちはまた笑う。
「そりゃ怖い」
「なら――」
「俺たち四人が行くだけでも、四人は見張りをしなくて済むようになるでしょう、治癒師様。俺たちは治癒師様のおかげでそういう機会を得られた。だから、俺たちは最前線に戻るんです」
騎士たちの言葉にファイラスは考え込んでしまう。が、その背中をケーナは思い切り叩いた。
「いてっ」
「この頭でっかち! あのね、ファイラス様。この方たちはいろんな理由を言ってますけど、みんな怖いんですよ。私だって怖いっていえば怖い。ファイラス様は、みなさんの心意気をわざわざ折ろうと言うんですか」
「い、いや、そんなつもりは。ただ」
「はい、そこまで! あのね、理由は論理的なものばかりじゃないんです。感情や衝動で動くのだって、時には悪いことじゃないんですよ、ファイラス様!」
ケーナの言葉に、騎士たちは手を叩いて賛同の意志を示す。
「俺達の心意気、わかってくれてるじゃないですか、お嬢さん」
「でしょー。ほんとこの頭でっかち聖騎士候補は! もっとこう、私たちの思いとか汲んでほしいものですよね!」
ケーナが言うと、騎士たちは「そうだそうだ」と口にする。ファイラスはムスッとした表情のまま、「わかった」と渋々承諾する。
「ああ、そうそう。俺たち、死ぬわけに行かないんですよ」
馬車に同乗するように命じられた騎士が言う。
「ど、どういうことだ」
動揺するファイラスに、騎士はおどけた表情を見せる。
「土産話ってやつは、本人が生きて帰らないとできないでしょう?」
「ああ!」
ケーナが馬に乗りながら明るい声を発する。
「聖騎士候補と、神帝師団次期団長候補と一緒に戦ったんだぜ、ですね!」
「そうそう、さすがはファイラス様のカノジョだ。カレシと違って察しがいい」
「嫁としてそのくらい当然ですね!」
ケーナはそういってケラケラと笑った。カレシだカノジョだと言われたファイラスは「いや、ちがっ」と言ったところでケーナに睨まれる。馬車の荷台に乗り込んだ騎士の一人が言う。
「土産話は本人がしないと脚色できませんしね」
「脚色しなくても十分だと思うんですけどぉ」
ケーナの至極もっともなつっこみに、騎士たちはまた笑う。神殿騎士たちは半ば呆れ顔だ。騎士たちは「そうそう」と手を打った。
「聖騎士のかわいいカノジョを知ってるぜってのも言わないとなぁ」
「その形容詞は思い切り脚色してください!」
ケーナは大真面目に要求した。
「ケーナ、行くぞ、そろそろ」
「はぁい、ファイラス様。みんな、行きますよぉ」
ケーナが右手を上げると、総勢五十余名の集団はぞろぞろと移動を始めた。
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