DC-08-01:ゼドレカという騎士

治癒師と魔剣・本文

 ファイラスはアルディエラム中央帝国の帝都から遠く離れた、神殿の一つもない小さな村で生まれた。としての能力が確認されたのは八歳の頃。火事で大火傷を負った友人をその力で救ったことが始まりだった。ファイラスはその後も次々と奇跡のような力を発揮した。その噂はまたたく間に帝都にも届いた。

「八歳でとしての力が発現するのは極めて稀なことだ」

 帝都からやってきた若い女性の騎士はゼドレカ伯爵だと名乗った。赤みがかった金髪を長く伸ばした、長身の女性だった。その鋭い目つきに、ファイラスを始め両親や村人たちは圧倒される。後に神帝師団アイディーの副団長となるゼドレカは、当時の時点で神帝師団アイディーのナンバー3だった。

「単刀直入に言おう。この子の力は級。この村で終わって良い人材ではない」
「しかし、この子は」

 母親が声を上げる。が、ゼドレカは右手を上げてそれを止める。

「すまんが、これは国策だ。は神殿預かりとなる。宗派は?」
「この村には神殿がありません」

 高齢の村長が震える声で言った。ゼドレカは「ふむ」と頷いた。

「なれば、ヴラド・エール聖神殿へ行くことになる。あなたたちに拒否権はない」
「ぼ、僕は……」

 ファイラスがゼドレカを見つめる。ゼドレカは金褐色の目で見つめ返す。

「もっと役に立てるになりたい」
「よく言った、少年」

 ゼドレカは頷く。そして建物に持ち込んでいた大きな袋をテーブルの上に移動させた。

「子供を金で買うというのは気が引けるが、何にしても対価は必要だと私は考えている」

 袋の中には大金が入っていた。村人全員が数年間遊んで暮らせるだけの金額だ。

「こ、こんなに……?」

 村長の目の色が変わる。

「これはこの子への私個人の投資だと思ってもらって構わない。我が子と引き離される痛みは、子供のいない私にはわからないがね」
「ファイラスを金で売れと言うんですか」

 父親が言う。ゼドレカはゆっくりと立ち上がった。甲冑が物騒な音を立てる。

「貰えるものは貰っておいたほうが良いと私は思うが。さもなくばただ失うだけだ」
「し、しかし、神帝師団アイディー様……!」
「少年、君は何か言うことはあるか」
「ゼドレカ様と一緒に行きたい」

 ファイラスの意志ははっきりとしていた。ゼドレカは頷く。

「何、一生皆と会えないわけではない。君が力を持てば、いつだって会いに来られるだろう」
「うん」

 ファイラスは頷く。ゼドレカは村長、両親、そして数名の村の有力者を見回して言った。

「諸君。私は穏便に物事を解決したいと思っている。私の要求は伝えた通り。当事者もそれで良いという。後は私は少年とともに立ち去るのみなのだが、それでは神帝師団アイディーの名声に傷もつこう。であるから、こうして交渉の場を持っている」
「ワシはファイラスを修行に出すのには賛成だ」

 村長が言う。村の有力者たちも頷いている。両親だけはうつむいて沈黙している。ゼドレカは腰に手を当てて目を鋭く細めた。

「権力を掲げて子供を取り上げる。そこにどこに正義が在るのか。そう言いたいのはわかる。だが、残念ながら、この子は、それも級。放っておいてよい人間ではないのだ、国家として」

 ゼドレカは有力者の一人を視線で貫く。

「たとえば。他国がこの子を奪おうとするかもしれない」

 ゼドレカの言葉に、有力者の男の顔色が変わった。

「他国に奪われるようなことだけはあってはならない。ゆえに、私がこうして直接乗り込んできたという話だ。なぁ、この子の情報は幾らで売れた?」

 ゼドレカはテーブルに軽く腰を掛けて腕を組む。その男は滝のような汗をかいていたが、やがて血走った目を上げた。周囲の村人が異変を感じて立ち上がる。

「下がっていろ」

 ゼドレカはそのままの姿勢で村人たちを下がらせた。ファイラスは素早く両親の手を引いてゼドレカの背後に身を隠す。

「良い判断だ、少年」

 ゼドレカの赤金髪がふわりと浮いた。そう思った瞬間、ゼドレカの姿は男の前に現れていた。胸ぐらを掴み上げ、そのまま片手で投げ飛ばす。部屋の壁に激突するのと同時に、ゼドレカの膝が男の鳩尾に突き刺さる。

「ゼドレカ様、何を……」

 村長が震える声でいた。ゼドレカはゆっくりと剣を抜く。

「危ないぞ」

 ゼドレカの右手が動く。何かが叩き落されて地面をのたうった。握りこぶし大ほどもあるヒルのようなものだった。いや、それは舌だった。男の舌がちぎれて飛んできたのだ。男は目玉や歯、指、しまいには臓物をも次々と分離させてゼドレカや村人を襲った。

 だが、その全てはゼドレカによって迎撃された。身体の殆どを失った男はそのまま絶命していた。

「まったく。アイレスはやることがえげつない」

 ゼドレカは顔や鎧に付着した肉片を払い落としながら肩をすくめる。

「私の到着が一日遅ければ、ファイラスは連れ去られ、この村は滅んでいただろう」
「そんな……」
「この地の安全のためにも、ファイラスは我々が保護したほうが良い。わかっただろう」
「僕、ゼドレカ様と一緒に行く。だからお父さん、お母さん」

 ファイラスはそう告げると、ゼドレカの元へ駆け寄った。

 ファイラスたちはその日のうちに帝都へ向かった。

 しかし村は、その数日後にひっそりと消滅した。

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