DC-09-02:バレス高司祭

治癒師と魔剣・本文

 やはりこいつ……。

 ファイラスは建物から出るなり渋面になる。豪華な馬車に乗っていたのは、クォーテル聖司祭と対立するバレス高司祭だった。高潔なクォーテルとは違い、どんな手段を使ってでも権力を取りに行くタイプの男で、そのなりふり構わぬやりくちに、ファイラスは常日頃から嫌悪感を抱いていた。

 バレスは部下二人とともに馬車から降りてくる。この二人はバレスの腹心で、ファイラスは彼らのことを「腰巾着一号」「ニ号」と呼んでいた。どちらが一号かなどという問題は考えたことがない。一人はひょろりとした痩せすぎ体型で、もう一人は卵に細い手足がにょきにょきと生えたような体型だった。そしてバレスは筋骨隆々の武人然とした男で、茶褐色の瞳は鋭く、黒い髪は短く刈り揃えられていた。

 馬車を降りてくるなり、バレスは顎を上げて鼻を鳴らす。

「君がここに左遷されたと聞いてな、ファイラス。このような忌み所に左遷とは、クォーテルの機嫌でも損ねたか」
「さぁ?」

 ファイラスは目の前に立つ巨木のような男を見上げてぞんざいに応じる。本当ならば「さぁ」の二文字すら惜しいと思うほど、ファイラスはバレスを嫌っていた。

「君の報告書にあったあの娘の件だが」
「ケーナが、なにか」
「私はその娘の処分を推奨する」
「処分!?」

 思わず声を荒らげるファイラス。腰巾着一号と二号はヘラヘラと笑っている。

「知っての通り、君の魔力は無尽蔵だ。そして君は、その娘に無尽蔵に魔力を供給している」
「それが、何か」
「魔力が根源にある病であることは、クォーテルの研究からも明らか。君の力によって、その魔力は日増しに高まっている、という可能性がある」
「しかし、病状は回復しています」

 ファイラスが言うが、バレスは取り付く島もない。

「魔力が集中するのはそれ自体がリスク。君も知っているだろう」
「しかし、魔力は揮発きはつします。そこまで異常値にはならないと思いますが」

 ファイラスが言い募ると、バレスは首を振った。

「まぁ、それならばよいのだがな」
「それでバレス高司祭。このような場所になぜ?」
「君のしょぼくれた顔を見るのが目的、ではない。おい、一人適当に連れてこい」

 バレスは腰巾着の二人に命じる。縄をかついだ二人は、ファイラスを押しのける。ファイラスは文句を言いながら中に入っていく二人を睨みつけてから、バレスに向き直る。

「連れていくって、どうするつもりですか」
「君の知ったことではない」

 バレスは腕を組んでいる。ファイラスはバレスを睨みつけ、そして気が付く。

「ここにいる者は社会との接点のない者です。つまり」
「死んだところで誰も悲しまん」

 バレスは鼻を鳴らし、目を細めてファイラスを睥睨へいげいする。

「私は彼らの命に価値を乗せてやっているのだ。生まれた意味を与えてやっているのだ、ファイラス」
「……人体実験でもしているというのですか」
「世界のためにも必要な犠牲だ。なに、我々は心を込めて彼らをとむらっている」
「何の目的があるにしても、人を生贄にするようなことは許されない」
「はははは!」

 バレスは笑う。

「綺麗事だけでやっていけるほど、世の中は簡便にはできておらんのだよ、ファイラス」
「何の実験をしているのですか」

 ファイラスの問いに、バレスは答えない。無言でファイラスを見下ろしている。

 しばらくそのにらみ合いが続いたが、不意にそれは怒声で中断された。建物の中から垢と皮脂にまみれた男が一人引きずられてきたのだ。男は意味の分からない言葉を叫び続けたが、腰巾着の二人が一発ずつ脇腹に蹴りを入れたことで黙らされた。

「まぁ、あの娘に残された時間はあとニ年もない。癒やすのが先か、それとも――」

 バレスはそう言い残して、男を押し込んだ馬車に乗り込んだ。相当な臭いがあるだろうに、バレスは全く平気な様子だった。

「バレス高司祭、あなたは何を知っている!」

 ファイラスの叫びは虚しく消える。馬車は土煙を上げて視界の彼方に消えていく。

 ケーナの処分の提案、男の拉致と殺害を示唆する言葉――。ファイラスも神殿が完全に真っ白ではないことは知っている。だが、バレスの今の言動から推察される神殿の深部は、真っ暗闇ではないかとさえ思えた。

「ケーナをお前の好きにはさせない」

 ファイラスは低く呟いた。

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