DC-12-03:黒騎士 vs 大魔導カヤリ

治癒師と魔剣・本文

 ディケンズ辺境伯の居城からでも、はるか南方の爆発は見えた。今、エリシェルは最前線の出城にはいなかった。本国に召喚されていて、そこから戻ってきたばかりなのだ。一両日中に最前線に戻る手筈てはずになっている。

 エリシェルはバルコニーにて生ぬるい風を感じつつ、放出された甚大な魔力が空に拡大していくを見ていた。

「どうやら神帝師団アイディーが投入されたのは本当らしいな」

 魔導師たちからの報告にもあった。まだ若い男だそうだ。となれば、確率的に、次期団長という噂もあるイレムという男に違いない。このあたりで大きな手柄を一つ立てさせて、次期団長の座を確実なものにしてみせたいというアルディエラム中央帝国軍部の思惑が透けて見える。

 しかしそのイレムが魔剣ウルを持っているという情報はない。他の兵士や神殿騎士たちにも魔剣を持つ者の姿はないという。

 どういうことなのか?

 エリシェルはわずかながらも焦りを感じている。本国からも早急な決着を求められた。収穫期を前にしている今、兵糧も残り少ない。いまやディケンズ辺境伯の領内からの徴収にも限界がきているし、アイレス本土からの補給は望むべくもない。今のままでは魔剣ウルを入手することも叶わぬまま、多くの兵力を損耗するだけだ。アイレス本国がれるのも無理はない。アイレスの軍事介入は未だおおやけではないとはいえ、それは周知の事実となっている。これ以上長引かせるのはアイレスの政権にとっても厄介事が増える。いまやエリシェルを切り捨てる可能性さえあった。

「背水の陣、か」

 エリシェルは呟くと室内に戻り、そこに控えていた魔導師に魔導師隊全員を集めるようにと命じた。魔導師は無言のままに姿を消した。

 魔剣ウルは間違いなく敵陣にある。妖剣テラが呼応しているのがその証拠だ。少し抜いてみれば、血のように赤い刃が禍々しくぬめっている。その輝きは人を狂わせる。エリシェルも頭の中にひっきりなしに意味の分からない、しかし、確かな悪意の囁きを感じた。妖剣は求めている。少しでも多くの流血と、悲劇を。龍の英雄たちによって創られた事物への報復を。

「エリシェル卿」

 声をかけられて、ようやくエリシェルは我に返る。急激にその狂信的なまでの血への渇望が薄れていく。室内には五人の魔導師が現れていた。

「我らが動けば、あの程度の適時を潰滅させるのは難しくはない。しかし、魔剣ウルは――」
「構わん」

 エリシェルはリーダー格の男に言う。

「追い詰められれば魔剣の方から動く。もし出てこなければ誰もが見当外れのことをしていただけの話だ」
「承知した。未明で良いか」
「ああ。神帝師団アイディーの騎士には気を付けろ。交戦を避けても良い」
「……承知した」

 魔導師たちは頷くと、一斉に音もなく姿を消した。

 それと入れ替わるようにして、黒いドレスの女性――カヤリが姿を見せた。エリシェルは抜剣を試みたができなかった。筋肉が石化してしまったかのように動かせない。

「グラヴァード様より、伝言がございます」
「聞かぬ」
「……あなたにその自由はありません」

 カヤリの水色の瞳が一層強い輝きを放つ。空間が魔力で爆発してしまいそうなほどの魔力密度だ。

「大魔導、か!」
「であると言われるのならばそうでしょう」

 カヤリはつまらなさそうに言う。銀の刃連隊ガーナルステッドの一人である超騎士を詠唱もなく拘束するだけの魔力。そんなことができるのは、大魔導以外にない。それもとびきり力が強い大魔導だ。

「グラヴァード様は、今すぐその妖剣テラを手放すようにと仰せです。悪いようにはしないとも」
ごとを」
「これは最後通牒さいごつうちょうでもあります。また、この戦いで死ぬのは勝手だが、そこには名誉はないぞ、とも仰っておられます」

 カヤリは淡々と言う。その間に魔力がいくらかほころびる。エリシェルの抵抗だ。だが、それは一瞬で補完されてしまう。

「無駄です。私の束縛はあなたには解けません。やる気になればその剣、妖剣テラを、私は力付くで奪うこともできます。それをお望みですか?」

 カヤリは前触れもなく右手を突き出した。その瞬間、エリシェルは吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。石造りの壁が大きくひび割れて、高価な窓ガラスが尽く砕け散った。カヤリは指を鳴らす。すると砕けたガラスが一斉に浮き上がり、エリシェルの方へと先端を向けた。

「いま殺すことも難しくはありません。しかしそれは妖剣の思惑によるものかもしれませんから、そこまではしません」
「お前たちの目的は何だ、大魔導」
「さぁ?」

 カヤリは機械的に首をかしげた。

「私の用件はお伝えしました。無駄に死ぬというのであればどうぞご自由に。されど私たちは、いつでもその妖剣テラの譲渡をお待ちしております」
「ありえぬ」
「そうですか」

 カヤリは目を細める。まぶたの隙間から、強烈な青い光が漏れ出ている。

銀の刃連隊ガーナルステッドのエリシェル卿。健闘を祈ります。それでは」

 カヤリはふわりと姿を消した。

 魔力による拘束が解けたエリシェルは、半ば呆然とその両手のひらを見つめる。

「この俺が何もさせてもらえないとはな」

 恐るべし、ギラ騎士団。強力なのは、・グラヴァードだけではないということか。

「されど、国に従うのが武人の務め。この戦い、負けるわけにはいかぬ」

 エリシェルは妖剣テラから流れ込む力で、今のダメージが急速に回復しているのを感じていた。もはや痛みはほとんどない。

「……なるほど」

 そういう力もあるということか。さすがは魔神の剣だけある。

 エリシェルはつまらなさそうに真南――最前線の方へと視線を送った。

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