DC-14-02:血まみれの儀式

治癒師と魔剣・本文

 魔力の密度はさらに上がる。圧死させられそうなほどの重さが、ファイラスの全身にのしかかる。ファイラスはたまらず膝をつく。ケーナは喘ぐように空中をひっかき、やがてファイラスの背中に爪を立てた。その力は信じられないほど強く、ファイラスは思わず奥歯を噛み締めた。

「ぐっ……ぐぅっ……」

 悲鳴が音になっていない。ケーナは痙攣を抑え込もうとするかのように、ファイラスを強く抱いた。

 そこでファイラスは気がつく。魔力の放出源が、ケーナ自身であることに。明らかに人間の許容量キャパシティを超えた魔力を放っているということは、本来ならば即死していてもおかしくない。攻撃魔法にも似たようなものが存在するからだ。相手の体内で魔力を練り上げて魔力密度を上げて、その負荷で対象を殺す、というものだ。

「バレスめ! って、うわっ!?」

 ファイラスはケーナに跳ね飛ばされた。壁にしたたかに背中を打ち付けて、一瞬息が止まる。部屋の中央で、ケーナは身体を何度ものけぞらせていた。口の端から血が流れ、床をつかむ両手の指先から爪が剥がれていく。

 声にならない悲鳴。ケーナから放出される魔力はさらに高まっていた。ファイラスはもはや近付くことすらできない。

 ケーナの胸のあたりが赤く輝き始める。服を通してもはっきりと分かるほどの強い輝きだった。

「うわぁぁぁぁぁッ!」

 ケーナは絶叫する。そして多量の血を吐いた。噴水のように吐き出される血が、ファイラスの足元まで到達する。それだけで致死量だということは、ファイラスには明白だった。どうやっても助かることのない出血量だ。

 しかしそれでは終わらなかった。ケーナの鳩尾みぞおちが裂け、そこからまた恐ろしい量の魔力と血液が吹き出した。血混じりの魔力の暴風を前に、ファイラスは目を開けることも難しい状態におちいった。そしてなにより怖気おぞけによる震えが止まらない。その魔力はあまりにも邪悪だった。今まで感じたことのない、向けられたことのないほどのが、そこにある。

「ファイ、ファイラ、ス……!」

 ケーナは涙を流しながらファイラスに向かって手をのばす。ファイラスも近付こうとするが、足が動かない。

「くっそッ!」

 ファイラスは治癒魔法を使おうとしたが、魔力が全く整わない。発動させるのも危険だが、そもそも発動させることすら難しい状況だった。ファイラスは這うようにしてケーナに近付き、その手を握る。震えるその手には体温はもはやない。吹き上げる血がファイラスに降りかかる。見上げればそこには巨大な、紅蓮の剣が浮かんでいた。凶々まがまがしい輝きを受けて、ファイラスとケーナの顔に赤い影が差す。

 バレスの野郎、何をしやがった!

 ファイラスはありったけの罵声を吐き出す。天井から滴り落ちる生暖かい血液がファイラスの全身をさらに濡らしていく。

 こうなったら。

 ファイラスはケーナの右手を両手で包み込み、強引に治癒魔法を発動させる。呼吸が苦しくなるほどの魔力がファイラスに流れ込んでくる。ファイラスはその力を抑え込もうとする。治癒魔法を無尽蔵に送り込み続ける。

 魔力密度がさらに上昇する。まるで血液の海の中にいるかのような圧力を全身に感じる。息もできない。ファイラスの目が充血し始める。意識が遠くなっていく。

 魔剣、ウル……。

 完成した魔力の剣は、今度はケーナの胸に突き刺さり始める。

 くぐもった音を発したケーナは、そこで完全に意識を失った。
 
「ケーナ!」

 今度は魔力の流れが逆になった。つまり、部屋中の魔力がケーナの中に戻っていっているのだ。ファイラスの手がバチッと放電を起こす。ファイラスはたまらず手を離してしまう。

 やがてケーナの全身が、白銀に輝き始める。その輝きの中に邪悪な気配の剣が埋もれていく。高まる圧力を前に、ファイラスはその場に踏みとどまるのが精一杯だった。手を伸ばす余力もない。

「ケーナッ!」 

 呼びかけどもいらえはない。ただ轟々とした魔力の流れを感じるのみだ。

 その時間がどれほど続いたのかはわからない。或いは一瞬だったかもしれない。

 突如、ケーナを中心に空間が爆発した。白銀の衝撃波がファイラスを吹き飛ばし、ファイラスはまたも強烈に石壁に叩きつけられる。

「……!?」

 身体が、動かない……!

 ファイラスは指先すら動かせない状態だった。背中を強烈に打ち付けたことで、全身が痺れてしまっていた。治癒魔法も自分自身には使えない。

 くそ、手詰まりか……。

 ファイラスは再び襲ってきた衝撃波に飲まれ、今度こそ意識を手放した。

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