DC-15-01:圧倒する力

治癒師と魔剣・本文

 見つけた!

 ケーナの目が獲物を視認した肉食動物のそれよろしく、大きく見開かれる。敵の魔導師は本陣の外縁部にいた。そして転移魔法で移動を繰り返しながら、虐殺劇を繰り広げている。両手には刀があり、無詠唱で火球を放つ。ただものではないことは明らかだった。一瞬ごとに兵士の被害が増していく。

「!」

 次に魔導師が吹き飛ばしたのは、負傷者たちが収容されている巨大なテントだった。中にいるは身動きすらままならない者ばかりだった。

 轟々と燃え盛る炎の奥で、多くのうめき声や絶叫が響いている。魔導師は、炎から這い出てきた兵士を情け容赦なく刺殺し、次の地点へと移動しようとする。

 だがケーナはそれにさきんじて、魔導師の前に姿を現していた。怒りに燃えたその目が、魔導師を捉える。魔導師は仮面を被っていたから、その表情はケーナには読み取れない。

 魔導師は冷静に両手の刀を振るう。ケーナは長剣で片方を弾き、片方は身体を開いて避けた。

 二人は一挙手一投足の間合いで睨み合う。

 周囲に弓を持った兵士が集まり始める。が、ケーナは左手を振るってそれを止めた。

「無駄です。それよりここから離れなさい。この魔導師は私が倒します」
「ケーナ様、それは……」

 負傷した神殿騎士の一人が言いかけるが、ケーナはまた左手を振ってそれを止めた。

「とにかく、全員この場から離れなさい」

 ケーナは言った、ちょうどそのタイミングで、魔導師が火球を四方八方に撃ち放った。無茶苦茶に着弾した火球は爆発し、多くの兵士たちの命を奪った。しかしそれは、ケーナにとってはある意味では都合が良かった。恐らくこれで兵士たちは逃げ散るだろう。そうなってくれなければ、全力を出せない。

神帝アイディーの者ではなさそうだな」
「おあいにくさま」

 魔導師のかすれた声に、ケーナは肩を竦め、同時に地面に落ちていた誰かの剣を見た。三本もある。これは運がいい。

 ケーナは地面を蹴る。魔導師は瞬間移動で姿を消す。そしてケーナのすぐ後ろに現れ、刀を一閃してくる。ケーナもまた瞬間移動で魔導師の背後を取り、長剣を一閃し、同時に「飛剣ヴァラ」の魔法を発動する。

 瞬間移動で回避した魔導師は案の定、再度後ろを取ってくる。だがそこはすでにケーナの攻撃範囲だった。ケーナは落ちていた二本の剣で魔導師の二本の刀を止め、もう一本の剣で魔導師の背中を刺し貫いていた。

 もはやがどうのという話ではなかった。ケーナ自身の能力と言っても良い。すべてが鮮明に見えていたし、予測はすべて的中していた。魔法の発動速度も以前とは比較にならない。身体能力も明らかに向上していた。

 魔導師は地面に手をついて呻いている。ケーナはそこに近付くと、躊躇なくその頭を叩き割った。

「やっぱり」

 そこから現れたのは蛇のような異形だった。ケーナは戦いはこれでは終わらないであろうことを察知できていた。大人十人分はある体長の蛇が、ケーナの前で鎌首をもたげる。ケーナが「どう攻めるか」を考え始めたその時、蛇の頭部が消し飛んだ。

「……?」 

 何が起きたかわからぬまま、ケーナは周囲を見回す。周囲には生きている人間は誰もいなかった。みんな逃げてくれたのか。

「人払いの魔法。見える範囲には誰もいない」

 ケーナの目の前に、青く光る目の女性が現れた。黒い鎧を身に着けた彼女――カヤリは、無表情にケーナを見る。

「人払い……助かったわ」
「礼には及ばない。あなたと話をする必要がある」

 カヤリは悠然と腕を組んでいる。ケーナはひとまず剣を収める。

が見めたのは、あなただったということが判明した。あの死霊術師の時からそうだとは思っていたが」
「死霊術師って、この遠征の最初の?」
「そう。その時からずっと見ていた」

 カヤリはゆっくりと両手で印を結ぶ。危険を察知したケーナは瞬間的に剣を抜いた。

「あなたには多分その時の記憶もなければ、魔剣ウルがその身に宿っている自覚もないだろう」
「魔剣ウルかどうかはともかく、最近変なが聞こえる、けど」
「それだ」

 カヤリの両目が鋭く輝く。

 ケーナが地面を蹴り、同時に転移した。カヤリの周囲を移動しながら、ケーナは立て続けにを放った。だが、その全てはカヤリの展開した結界に阻まれる。その間。カヤリは微動だにしていない。

「その魔剣の力を回収する必要がある」
「拒否する」

 その言葉はケーナの本心か否か。ケーナには判断がつけられなかった。カヤリは目を細め、「ならば」と右手の指を鳴らす。

「力付くで魔剣を奪っても良いのだが」
「あなたが何者なのかもわからないのに、そんなこと」
「私はギラ騎士団。グラヴァード様の直属だ」
「やはりグラヴァード! のグラヴァードね!?」

 初対面の時に予想した通りだった。

、そうとも呼ばれているのは確か」
「それならばなおのこと、私の力を渡すわけにはいかない」

 ケーナは裂帛の気合で打ち込んだ。だが、カヤリは左手の甲でそれをいとも容易く弾き返す。たたらを踏んだケーナに、カヤリは立て続けに魔法の衝撃波を打ち込んだ。骨がきしむほどの痛撃が十数発、ケーナを殴打する。

「強い……」

 そもそもカヤリは大魔導だ。生半可な戦闘力で対処できる相手ではない。

 だけど――。

 ケーナは半ば自動的に動いていた。この魔導師を倒せとが言う。

「あなたがあなたでいるうちは、私には決して勝てない」

 だが、カヤリは強大だった。ケーナの剣が触れる寸前に姿を消し、ケーナの背後に姿を見せる。ケーナの飛剣ヴァラが発動し、カヤリの首に向けて三本の剣が襲いかかる。

 カヤリは回避しようともしない。ケーナに襲いかかった剣は、一瞬で粉砕される。驚愕に目を見開くケーナの胸に、カヤリは右の掌を押し当てた。

「!?」

 声にならない悲鳴を上げて、ケーナは吹き飛んだ。高熱の炎にあぶられていた地面を転がり、ケーナは呻いた。

 そこには圧倒的な力の差があった。

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