DC-15-02:宣告

治癒師と魔剣・本文

 あなたでは私には勝てない――カヤリは再び断定口調でそう告げた。

「私に勝つ気なら、その魔剣の力を解き放つしかない」
「それも魔剣を奪う方便じゃない?」

 ケーナは口の端を流れる血をぬぐう。カヤリは腕を組む。が、そこに隙はない。

「ニ年前にあなたの身に起きたこと。あなたは覚えている?」
「ニ年前……」

 突如病状が快方に向かい始めたのが約二年前だ。バレス高司祭によって行われた儀式により、呪いが一部解放されたのだとは、その一年後くらいに人伝ひとづてに聞いた。しかしファイラスは、それ以上に何も知らない様子だった。ファイラスが儀式を目撃していないはずもないのに、自発的にはケーナには教えてくれなかった。ケーナもニ年前のとやらについては一切覚えていなかったから、ファイラスにしつこく訊くようなこともなかった。

「なぜあなたは自分に向って行われたについて覚えていない?」
「それは……」

 魔剣の力? 魔剣の意志?

「それが魔剣を降臨させるためのものだったとしたら? 辻褄つじつまは合わない?」
「魔剣を、私に降臨……?」
「自身を妖剣テラのもとに運ばせるための、運搬道具として、あなたが選ばれた。そしてあなたは今、その役割をまっとうしつつある。無論、魔剣ウルはあなたを生かしておこうなどとは考えないでしょう。だから、あなたは間もなく死ぬ。いえ、
「死に、なおす?」

 ケーナは眉根を寄せる。カヤリは小さく頷いた。

「そうなってからでは遅い。魔神ウルテラの降臨を防ぐためにも、あなたの中の魔剣をグラヴァード様に届ける必要がある」
「グラヴァードが魔剣の力を悪事に使わない保証はないわ。、だもの」
「あなたが私の言葉に乗らないのなら、あなたは死ぬ。そしてどう足掻こうが、魔神は顕現する。それを止められる可能性があるとすれば、グラヴァード様以外にはいない」
「より酷い事になる可能性のほうが高いと私は思うけれど?」

 ケーナの言葉にカヤリはイライラとした様子で首を振る。

「グラヴァード様ならばあなたからその魔剣の力を強引に引き抜くこともできる。しかしそれをしていない。あなたには十分な選択権が与えられている。なのになぜ」
「信用できるはずがない」

 ケーナは剣を構える。カヤリは目を一層輝かせる。

「あなた以外の意志が、あなたの口を借りてそう言わせている可能性もある。いや、そうとしか言えない。なぜならあなた自身の意志は、ニ年前ので消滅しているから」
「そんなことない!」
「あなたの肉体は方舟はこぶねとして存置された。けど、あなた自身というものは、もはや完全に魔剣の制圧下にある」
「私のすべての考えが、魔剣によるものだと?」
「魔剣はあなたを真似ている。あなた自身に不信感を抱かせないために、ニ年もの時間をかけてあなたに溶け込んだ」

 言われてみればそれはある。が魔神のそれであるとするなら、 はもう私自身から発されているのではないか、と。それにほとんど寝たきりだった自分が、今ここまで肉体的に強化されている。が解けたからだ、というのは不自然ではないか。なぜそこに強く疑問を感じてこなかったのか。自分だけではない、ファイラス様や、他の人たちもだ。イレム様やゼドレカ伯爵ですら、そこに言及したことはなかったはずだ。

 ケーナは奥歯を噛み締める。

「だとしても、私――」

 ケーナの姿が消える。そして次の瞬間、カヤリの目の前に現れる。カヤリは動揺の欠片すら見せず、右手を鋭く突き出した。ケーナは回避の余裕すらなく、その掌底を喉に受ける。

「がは……ッ!」

 吹き飛ばされ地面を転がるケーナの近くまで、カヤリはゆっくりと歩いてくる。そしてその青く光る目で見下ろした。

「あなたがあなたの意志を信じたい気持ちは理解できる。魔剣ウルとて完全ではない。妖剣テラとの邂逅はほぼ必然。しかし、がまだあるのなら、あなたは妖剣テラと戦えるはず。もっとも、魔神ウルテラを顕現させてしまう可能性は低くはない。だから私はあなたに選択の機会を与える」
「私に死ねとでも」
「グラヴァード様を信じる以外に活路はない。死ねというよりは、まだ優しい選択肢だと思う」
「世界の敵を、どう信じろと」
「その世界の敵という言葉さえ、私に言わせてみれば笑止の至り。あの方がいらっしゃらなければ、私とて妖剣テラに飲まれていた」
「妖剣テラに……!?」
「十年前、私は妖剣テラの覚醒実験に使われた。実験そのものはグラヴァード様によって阻止されたが、結果として妖剣テラは覚醒した。そしてその妖剣テラを皮切りにして、この戦乱が起きている。だから私はすべてを止めたいと考えている。責任を取ってな」

 カヤリの言葉にケーナは絶句する。カヤリはぽつりと言う。

「エクタ・プラム」
「エクタ・プラム……」

 グラヴァードにまつわる噂で必ず耳にする名前だ。十万を超える都市が、グラヴァードの力によって一夜にして消え去ったとか。

「エクタ・プラム――その都市の中心にいたのが、私だ」
「あなたが、やったと?」
「結果として。それによりグラヴァード様は広く人々に知られることとなった。世界の敵、としてな」

 カヤリは目を細める。それまでの無表情から、少しだけ悲しみを含んだ表情に変わる。

「おしゃべりが過ぎたな」
「待って」

 ケーナは背を向けたカヤリに手を伸ばす。カヤリは振り返り、ケーナの前で片膝をついた。

「妖剣テラを討て。あなたの意志を私に見せろ」
「私の意志を……?」
「あなたが妖剣テラと対峙するというのなら、私はあなたを助けるだろう」

 最大限の力でもって――。

 カヤリはそうささやくと、ふわりと姿を消した。

→NEXT

コメント

タイトルとURLをコピーしました