DC-17-06:聖司祭と大魔導

治癒師と魔剣・本文

 同じ頃、カヤリはクォーテル聖司祭の私室に姿を見せていた。クォーテルは慌てた風もなく尋ねる。

「結界を抜いてくるとは……大魔導か」
「お初にお目にかかる」

 名乗る必要はなかろうと、カヤリは判断した。大魔導と理解されていればそれで十分だった。

「一つ確認したいことがある、聖司祭」
「話せることであれば良いが?」

 クォーテルの言葉にもカヤリは無表情だ。カヤリは抑揚よくようのない声で言う。

「魔神ウルテラ」
「……!」

 その言葉に、クォーテルは視線を険しくする。カヤリは水色に輝く目を細めた。

「ご心配なく。我々以外のなんぴととて、この部屋の中の会話を聞くことはできない」
「なるほど」 

 クォーテルは机に肘をついて指を組み合わせた。カヤリはそのすぐ目の前に立って、氷のような視線でクォーテルを見下ろしている。カヤリは言う。

「元老院、そして、聖神殿。牽制し合うニ勢力が手を取り、一つの実験を行った」
「ほう?」
「この聖神殿の奥深くに封印されていた魔剣ウル。その封印をあなたたちは――」
「解けかけていたのだ、封印は」

 クォーテルは短く断定する。カヤリは顎を使って先を促す。クォーテルも負けじと無表情に言葉を続けた。

「魔剣は憑代よりしろを求め、その意識を彷徨さまよわせていた。私は最初にそれに気付いたのだ」
「そうでしょうね」

 カヤリは冷たく肯定した。

「そしてあなたは、神殿にいた魔法の素養のあった――それも闇の子レベルの素質のあの人をにえとすることを決めた。決めていた。最初から。違う?」
「他に手段がなかった。時間もなかった。さもなくば、魔神ウルテラの呪いは無差別に人々を――」
「でしょうね」

 カヤリは冷たく割り込む。クォーテルは溜息をついて、カヤリを見上げた。

「せめてもの罪滅ぼしにと、ファイラスをあの子のところへと送った。聖騎士の力を持つあの男ならば、あるいはと」
「しかし――」
「そう。結果は見ての通りだ」

 老僧は力なく言った。カヤリの水色に輝く瞳は、ひどく無機的だった。クォーテルはまた溜息をついた。

「残酷なことをしてしまったという自覚はある。だが、それはすべて結果論だと言えるだろう」
「ならばあの封印の儀式は。あなたの言葉が確かであるなら、アレを行う必然はない」
「あれは……元老院の決定だ」
「なるほど?」

 確かにそんなところだろう。カヤリは頷いた。

「そしてディケンズ辺境伯をそそのかし、アイレス魔導皇国まで引き入れた。当のアイレス魔導皇国と示し合わせた上で」
「興味深い考察だが、よしんばそれが正しいとしても、それはすべて元老院の差し金。我が神殿は無関係だ」
「それで?」

 カヤリはまた目を細める。クォーテルも眼力では負けていなかった。

「大魔導、君はまるでこの国と、アイレス魔導皇国が共謀して魔神ウルテラの力を手にしようとしているーーそんな企みがあるかのような口ぶりだが、それをしたところでいったい誰が得をする」
「魔神ウルテラの、その純粋な力だけを御する技術があるのだとしたら?」
「ばかばかしい」
「ばかばかしい?」

 カヤリは揶揄するように繰り返した。

「我々大魔導は、を操ることができるのを知らぬではないでしょう。我々は人としての制御を外されただということを」
陣魔法ヅォーネか」

 その言葉にカヤリははっきりと頷いた。

「我々が陣魔法ヅォーネを行使する時、我々はこの大地、すなわち紫龍セレスの力を利用している。魔神以上の力を持つ紫龍セレスの力を。さにあらば、最大最強の魔神とはいえ、ウルテラのその力のみを利用できると考える者がいたとしても、別におかしな話ではない」
「仮にそれがそうであるとしても、それは元老院の考え。この老僧の管轄ではない」
「なるほど?」

 カヤリは少し語尾を上げて言った。

「あなたがそうというのであれば、そういうことにしておきましょう。しかし」

 カヤリは一歩近付いた。手を伸ばせばクォーテルに届く距離だ。

「私は警告する。魔神ウルテラの力は容易に御することはできない。我々であったとしても、あの魔神の力を利用することは出来ないだろう。龍の英雄たちをして、分割封印という手段を取らざるを得なかった別格の
「であるならば。それほどの力を持つというのであれば、なおのこと敵国に、アイレス魔導皇国となど手を取り合うことはないと思うが? 君のような第三の勢力もある」
「それ自体が計算されたものであるとすれば? この一連の茶番劇の一部として」
「なるほど」

 クォーテルは目を伏せる。カヤリは瞬きもせずにクォーテルを見下ろしている。

「だがそれは考えすぎだ。人はそこまで頭は良くないだろう」
「……あなたがそう言うのならば、そうなのだろう」

 カヤリはそこでようやく微笑を見せた。

「せいぜい策に溺れぬよう、お祈りいたします」

 その声が消え、クォーテルが視線を上げた時には、カヤリの姿はもうなかった。

 クォーテルはくぐもった声で言った。

「創世の時代ときは終わったのだ」

 クォーテルの瞳の奥にはくらい炎が燃えている。

「お前たちの時代は終わるのだ」

 それこそが世界のためなのだ。

 そのための、犠牲、なのだ。

 クォーテルはきつく目を閉じた。

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