DC-18-01:俺が勝つと言ったら勝つ

治癒師と魔剣・本文

 帝国軍の本陣は、もはや百人にも満たない規模にまで縮小していた。負傷者を尽くエウド、或いはそれ以南の都市へと送ったためである。後送された負傷者たちの多くは、物資の流通に携わる。それにより、戦で滞っていた輸送経路が復活し、必要な医薬品や食料の不足は回復しつつあった。

「よし、頃合いだ」

 イレムはニ週間ばかり粘った末に決断する。物資も街道も安全な今のうちに、本陣を完全に引き払おうというのだ。

「しかし、そうなれば、敵は躊躇ちゅうちょなくエウドに押し寄せるのでは」
「もっともだな、ファイラス」

 イレムは頷く。こじんまりとした本陣では、他の参謀格の兵士たちも複雑な面持ちだ。

「だが、俺はここに残る。ファイラス、ケーナちゃん、お前たちもだ」

 イレムはそう言って、「少し歩くか」と、ファイラスを陣の外に連れ出した。ケーナは何かを悟ったのか、本陣の中にとどまった。

「奴らの狙いは、そもそもがケーナちゃんだ。だから、無為な戦闘はしないだろう」
「……だからケーナの所在を明らかにしておくと」
「そういうこと。で、お前はどう思う?」

 イレムは遠くに見える敵の城を指さしながら尋ねた。

「グラヴァードの言葉を信じるか?」
「信じる他にないのだろうが……信じたくはないな。仮にニ年前にケーナが死んでいたとしても、このニ年間、ケーナは間違いなく生きていたし、俺のそばにいた。そして今、懸命に戦っている」
「だな」 

 イレムは重苦しく同意した。

「お前とあいつの付き合いはもう四年か」
「ああ、四年だ」

 ファイラスは転がっていた小石を軽く蹴った。

「だが、これが一ヶ月でも三日でも、やはり俺はケーナを見殺しには出来ない」
「その結果、何千何万と人が死ぬとしてもか?」

 魔神ウルテラが顕現してしまえば、最悪の場合、第二の大災害セレンファクサランスが起きるかもしれない。ウルテラはそれだけの力を持つ――魔神だからだ。

「仮にグラヴァードの言葉を信じ、魔剣ウルを託したとしても……。ケーナを犠牲にしたとしても。その先に、あいつによこしまな考えがないと考えるのも虫が良すぎるだろう」
「それもそうだ。お前らしい」

 イレムは白い歯を見せてニヤリと笑う。

「だが、グラヴァードは世界最強のだ。あの男ならあるいは――そんな気はする」
「信じるのか、あの男を。ギラ騎士団を」
「ギラ騎士団なんざ信じちゃいねぇ。だが、こいつは俺の直感なんだが」

 イレムは腕を組む。

「今回の魔剣ウル、そして妖剣テラ。こいつらを巡る関係者の中で、唯一信じていいのがあいつなんじゃねぇかって思うわけよ」
「しかしあいつは、虐殺――」
だ。確かに。だが、あいつの言ったことが真実だとするなら、それには一理あるじゃん?」

 千人と十万人。命の重さ。選択――。

 ファイラスは険しい表情を見せる。

「ま、真偽はともかくとして、だが実際のところ、あいつ以外に魔神ウルテラをどうこうできるやつがいると思うか?」
「それは……」

 あいつが無理なら誰にも無理だ。そのくらいはファイラスにも理解できる。

「ま、いずれにせよだ。グラヴァードに頼る前に、俺たちは俺たちにできることをしようぜ」
「できること?」
「黒騎士を倒せばいいんだろ、俺が」
「冗談を言うな。あいつが持っているのは妖剣テラだぞ。それに見ただろう。ヤツの体力は無尽蔵だ。確実に打ち負ける」
「確実に負ける?」

 イレムは声を上げて笑った。そしてファイラスの目の前までやってきて、その両肩に手を置いた。

「俺を誰だと思ってる。俺は主人公だぜ? この絶望的な状況、いいじゃん。燃えるだろ?」
「わからん」

 ファイラスは短く応える。イレムは「これこそ醍醐味ってやつなんだがな」とファイラスの肩をポンポンと叩く。

「お前ってやつは。しかし、イレム。どうやって黒騎士と戦うつもりなんだ」
「乗り込めばいいだろ。出てくるのを待ってやる必要はない」
「なんだって? まだ敵は数千はいるんだぞ」
「関係ねーよ。相手の狙いは魔剣ウルだ。つまりケーナだ。それに俺は神帝アイディーだぜ? 誰が好き好んでミンチにされに来るんだ。まぁ、ファイラス、お前は自衛を頑張ってくれって話だけどな」

 そう言われて、ファイラスは顎に手をやって一瞬だけ考えた。

「俺が行く必要あるのか、それ」
「勇者には従者が必要だろ?」

 イレムは今度はファイラスの背中を叩く。ファイラスは肩をすくめる。

「もっとも、ケーナが行くなら俺も行くわけだが」
「いいねぇ。そういう判断、俺は嫌いじゃないぜ」

 まるで悲壮感のないイレムの言葉に、ファイラスは思わず笑った。この男なら不可能を可能にしかねない――イレムにはそれだけの可能性を感じていた。それにどのみち、ケーナには後がない。何かを得るためには進むしかなかった。

「やぶれかぶれでもいいんだよ、ファイラス」

 イレムはまた敵の城を見た。軍勢に動きはない。イレムがいるという事実だけで、彼らは動けないのだ。

「必要なのは、――それだけだ。難しいことなんてありゃしねぇ」

 イレムはまっすぐにファイラスを見た。

「そして何かをやるなら、今すぐ、だ」
「今夜にも?」
「そ。本陣兵士を全員エウドに下げて、俺たち三人は敵の城に突っ込む。で、この俺が黒騎士を始末して、その後はグラヴァードがなんとかするんじゃね? っていう作戦だ」
「作戦のていをなしてないぞ」
「たりめーだ。常識はずれの魔神ウルテラを巡る戦争だ。固い頭で作戦立てたって時間の無駄よ。できねーもんはできねー。無理なもんは無理。そうして消去法で作戦を決めるのは結構なことだが、そもそも俺には不可能なんてないからな。俺が勝つと言ったら勝つ。そもそも負けたらもう後がねぇんだから、勝つしかないだろ?」

 そ、そりゃな。と、ファイラスは大いに気圧けおされながら応じた。

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