神帝師団はたったの一騎で本陣を潰す――なるほどな。
眼下で大殺戮劇を繰り広げている騎士を見て、バルコニーに立つグラヴァードは少しだけ表情を緩めた。隣で興味深げに下界を覗き込んでいるカヤリを伺うと、カヤリは呆れたように肩を竦めてみせる。
「本当にたったの三人で乗り込んで来るなんて」
「勇気と見るか、無謀と見るか、だな」
「バカなんでしょう」
辛辣なカヤリの言葉に、グラヴァードは声を上げて笑った。カヤリの言い方に、いつもの数千倍もの感情を感じたからだ。
「男にはそういうときもあるんだ、カヤリ」
「グラヴァード様にも、ですか?」
「もちろん」
グラヴァードはそう言って、戦場に背を向けて室内へと移動する。
「しかし、グラヴァード様には不可能なことなど」
「少ないがゼロではない。実際に君を助けたときの戦いなんか、無謀という他にないものだったし」
「そうだったのですか」
カヤリははっきりと分かるほど目を見開いた。それは十年も前の話だ。
「後悔しないためならば、無謀な選択だってするものさ」
「……しかし、結果として果たせなければ、それは」
「意志によって行われた行動に、意味がないなんてことはないんだ、カヤリ」
グラヴァードの諭すような言葉に、カヤリは曖昧に頷いた。
「グラヴァード様は、彼らは生きてエリシェル卿のところまで辿り着けると」
「この賭けは彼らの勝ちだろう。エリシェルが出ていかないという目はない」
「しかし、その後は――」
カヤリは時々感じる地響きに不快感を示しながら言う。グラヴァードはソファに座ってカヤリを見ながら答えた。
「魔剣と妖剣は邂逅してしまうだろうな」
「しかしそれでは……」
「魔神ウルテラ。その力だけを引き出す策を、どうやら思いついたみたいだからね、アルディエラム中央帝国元老院のお歴々は。いや、聖神殿の方かな」
「彼らにそれが可能だと?」
「そう信じ込ませるのもまた魔神だ」
グラヴァードは外の喧騒に一瞬意識を送りながらも、落ち着き払って頬杖をつく。
「そもそも、彼らは何のために魔神ウルテラを蘇らせようというのだろうな」
「力が欲しいから、ではなく?」
「何のための力か、ということだ。彼らの考えそうなことだ。おおかた――」
そこで外の騒ぎがひときわ大きくなる。
「エリシェル卿が出たか」
「そのようです」
カヤリの目が氷色に輝いた。
「グラヴァード様、魔神ウルテラの顕現を止めるのであれば、私が――」
「事ここに至っては、恐らく君が当たったところで結果は変わらないだろう。であるのならば、顕現した後の被害を最小限に抑えるべく動いてもらったほうが実利的だ。少なくとも今はまだ、捨て身になるときではないし、そんな事案でもない」
それに、と、グラヴァードは続ける。
「俺は彼らを見極めたいんだ、カヤリ。彼ら自身がどの程度の意志で、物事を為さんとしているのか。その意志は、目の前の現実に対抗し得るものなのか」
「そのために魔神による犠牲が拡大しても、ですか?」
「ある程度は許容すべきだろう」
グラヴァードは無慈悲に言い放つ。カヤリはしばらく時間を置いてから、頷いた。
「承知しました、グラヴァード様。私は彼らの監視を続けます」
「任せるよ、カヤリ」
グラヴァードは立ち上がると、音もなく姿を消した。
カヤリはそれを見届けてから、ぽつりと呟いた。
「何のための力、か」
いずれにしても、何かを為すために大きな存在に力を借りるというのは、同時に何らかの負債を抱えるということだ。彼らにそれが支払えるのだろうか?
「……」
無表情のまま、カヤリもまた姿を消した。
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