イレムはファイラスとケーナを従えて、ひたすらに突き進む。敵の抵抗はもはや微弱だった。思い出したように矢が飛んでくるが、そんなものは不可視の防御壁で守られたイレムたちには通用するはずもない。大型の攻城兵器も持ち出されてきたが、それらはすべて、何もできないうちに撃破された。
殲撃によって城門を粉砕した頃には、ディケンズ軍の指揮系統は完全に粉砕されていた。いくらかの忠誠心を残した兵士や騎士たちが立ちはだかりはしたが、イレムは全く何の憐憫も抱かずに殺戮した。肉片と血飛沫が闇夜に舞い散り、そのさまが一層敵兵の戦意をくじいていく。
「さて」
さして長くもない石橋にさしかかり、イレムは空を見上げる。闇の中に浮かぶ雲が、赤かった。妖剣テラと魔剣ウル、二つの剣が干渉しあった結果だろうか。
「魔剣を連れてきたぞ! 出てこい、妖剣使い!」
イレムが怒鳴るのと同時に、石橋の向こうの門が開けられた。大勢の兵士たちを割って、妖剣テラを携えた黒騎士が現れた。マントを翻しながら、黒騎士はゆっくりと歩いてくる。
「たったの三人で乗り込んでくるとは、気でも触れたか、神帝」
「帝国の兵をこれ以上死なせるわけにもいかなくってさ」
そう言うや否や。イレムは光の尾を引きながらエリシェルに斬りかかった。エリシェルは殲撃で迎え撃つ。双方の中心で爆炎が上がる。イレムはその炎を突っ切って石橋を突き進む。エリシェルはイレムの一撃を待ってからカウンターの一撃を繰り出した。
石橋はたちまち高エネルギーに晒され、赤熱していく。
「ファイラス様、私はどうすれば」
「見ているだけでいい、今は」
「しかし」
「魔剣を妖剣にぶつけるのは最後の手段だ。それにいくら君でも、あの二人の戦いにはついていけない」
ファイラスの断定に、ケーナは渋々と肯いた。ファイラスは呻くように言った。
「悔しいな。俺にあいつと戦えるくらいの力があれば――」
「ファイラス様には最高の治癒師という能力があるじゃないですか」
「今は役に立たない」
ファイラスは首を振る。後ろから敵兵がジリジリと迫ってきている。幸いにして、ここに至るまでの道は、イレムがほとんど一人で切り開いた。だからファイラスたちにはまだまだ余力があった。
「イレム様だって、瀕死の怪我人の前では無力ですよ」
ケーナはイレムたちに背を向け、魔剣ウルを構えた。その凶々しい輝きを前にして、敵兵たちは明らかに浮足立つ。ケーナはここぞと前に踏み出して怒鳴った。
「全員、今すぐ剣を捨てよ! さもなくば、一人残らず斬り捨てる!」
そのケーナの言葉は強烈だった。たちまちのうちに敵兵に動揺が広がる。だが、敵兵の一団は構わずケーナに突進してきた。投槍も幾本も飛んでくる。飛び道具はファイラスの魔法で全て無効化し、つっこんできた槍兵は瞬く間にケーナによって首を跳ばされた。
「つ、強すぎる」
隊長格の一人が腰を抜かす。ケーナはその前につかつかと歩み寄り、その眉間に剣を突き刺した。血と脳漿と眼球を撒き散らしながら、男は絶命した。
「剣を捨てねば一人残らず殺すと言ったはずだ! まだ向かってくる者はいるか!」
その一喝に、敵兵たちは武器を捨てて逃げ始める。
「よし」
その様子にケーナは満足げに胸を張る。それを見ているファイラスの胸中は複雑だった。ケーナが躊躇なく抵抗もできなくなった人間を殺す現場を、彼は初めて目にしたのだ。
ケーナはファイラスのその心中に気がついたのか、少し寂しげな表情をして呟いた。
「魔剣ウル、か」
良心の呵責は感じなかった。感じるだろうな、とは思ったが、それだけだった。ケーナは溜息をつくと、首を振り、イレムたちの方を振り返った。
ケーナの右手の剣が低く唸る。妖剣テラに呼ばれている――ケーナの本能がそう感じていた。
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