エリシェルの赤黒く輝く剣は、イレムの白銀の刃を的確に往なす。だが、エリシェルの攻撃もまた、イレムには通じない。純粋な戦闘技術という点では、二人は全くの互角だった。常人の目では、その手捌き足捌きを追うこともできない。そのうえ、合間に差し込まれる攻撃魔法や殲撃は、どれも一撃必殺の破壊力を有しているのは明白だった。
「仮に私を倒せたとしても、この剣は失われることはない」
鍔迫り合いの合間に、エリシェルが言う。イレムは鼻で笑う。
「わかってるよ、んなこたぁ」
妖剣テラと魔剣ウル。それらは元来、人の手の届くところにあるべきものではない。海の底なり、火山の火口なり、とにかく人の手の届かないところに捨てておくべきだった。だが、龍の英雄はそうしなかった。敢えて人の触れられる場所に存置しておいたような――この時、イレムもエリシェルも同じことを考えていた。
「ところで妖剣使い。その剣は、いったいどうやって手に入れたんだ」
「どうやって?」
エリシェルの注意が一瞬逸れる。その隙を逃さず、イレムは殲撃を打ち込んだ。エリシェルは咄嗟に魔法の盾を出現させて直撃を不正だが、石橋の縁ギリギリにまで後退させられた。
「この剣、テラは……」
エリシェルは記憶を探る。
いつから……?
誰から……?
どうやって……?
エリシェルは混乱している。
「この剣は皇帝陛下より賜ったものだ……!」
エリシェルは言ったが、その言葉に誰よりも懐疑的だったのも、またエリシェルだ。
「そんなことだろうと思ったぜ」
イレムが目の前に現れ、その重量大剣をエリシェルに打ち落ろす。妖剣によって直撃は防いだが、剣の生み出す圧力までは殺しきれなかった。右肩の装甲がひび割れ、弾け飛ぶ。
「その剣に魅入られたんだ、お前はな!」
「それが、それが何だと言う!」
エリシェルの反撃がイレムを襲う。
騎士の矜持、国家への忠誠。それがエリシェルの全てだ。どんな任務であろうと必ず遂行する。それこそが国家騎士の、銀の刃連帯の務めであると、エリシェルは信じていた。
「お前は最初から、魔神ウルテラを復活させるための道具にされてたんだよ!」
「なれば、本懐である!」
どん、と、空間が悲鳴を上げた。イレムの鎧から煙が上がり、真紅のマントが千々に弾ける。イレムの周囲の石畳は赤熱して音を立てていた。
「騎士は国家の犬じゃねぇぞ。是は是、非は非。俺たちは無制御、超騎士だろう。お前の態度は、力ある者の責任から逃げてるだけにしか見えねぇ!」
「力ある者であるならばなお、自我を捨てて忠義の下に生きるべきだ!」
二人の主張はまったく相容れない。イレムは言い募る。
「いいか、妖剣使い。ウルテラが蘇ったら、どれだけ人死が出ると思っている! 咎なき人間も大勢死ぬんだぞ」
「承知の上」
「なぜだ。お前は無辜の人々を殺すことに一片の良心の呵責も感じないのか! アイレスに帰っておとなしくしてろ!」
「出来ぬ相談だ! 私は皇帝陛下よりこの任務を与えられた。魔剣ウルを回収するというな。なればそれを遂行するのみ。誰が幾ら死ぬことになろうが、任務のためならば致し方ない!」
「てめぇの頭の中は妖剣に支配されつつある。わからないか!」
「それもまた私の意志!」
エリシェルの姿が掻き消えた。イレムはその直後に短距離転移を決め、エリシェルの殲撃を回避する。イレムは振り返りざまにエリシェルの首を狙ったが、そこにはエリシェルはいなかった。
「しまった!」
疲労で判断力が落ちたか!
イレムは地面を蹴ると同時に転移を実行する。だが、それはエリシェルの予測どおりのリアクションだった。エリシェルの背後に出現したイレムは、その直後に右膝を光の槍で貫かれていた。
「ぐっ……!?」
たまらず膝をついたイレムを振り返り、エリシェルは無表情に妖剣テラを振り上げた。
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