#04-07: 魔女たち

腰痛剣士と肩凝り魔女・本文

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 爆炎――そう呼ぶに相応しい炎が広場を包み込む。俺はウェラを背中に守ろうとしたが、全方位が炎に彩られてしまっている。もはや逃げ場はなかった。

「パパ、精霊さんも、限界……!」
「そうだろうな」

 精霊の守護が破られた時、この広場に俺たちや役人、異端審問官の焼死体が出現することになる。

「ウェラ、すまないな」
「なんてことないよ」

 ウェラはそう言った。その声は小さく震えていた。

「ママがなんとかしてくれる。ウェラは知ってるんだ」
「……そうだな」

 俺はウェラの小さな手を握りながら頷いた。時々熱風が俺たちの周囲を回っていく。ウェラの美しい髪が焦げないか、心配だ。

「パパ、座る?」
「座らないよ」

 ウェラは俺の腰を心配しているのだ。確かに猛烈につらいところではある。が、座ってのんびり見物だなんて、さすがにそんなことはできやしない。タナさんの戦いは俺の戦いでもある。せめてこの程度の痛みには打ち勝たなければなるまい。

 そして俺たちの見つめる先には、地獄の炎に包まれているクァドラと、少し距離をとったタナさん、そしてリヴィがいた。

「辛いものですな」

 役人が話しかけてくる。俺は「ああ」とだけ答えた。ついでに言うと、異端審問官は兵士たちにされていた。兵士たちは「死なば諸共」と言わんばかりの気迫だった。彼らは、そしてこの役人を含めて、こんなところで失うのには惜しい人材に違いない。

「私もまさか、クァドラ様……いえ、クァドラが絡んでいるとは思いませんでした」
「それは仕方ないさ」

 俺は答える。

「つかぬ話ですが、あの女性は、魔女ではないのですか」
「元魔女、だ」
「元、ですか」
「そうだ」

 俺は言う。役人の意図は不明だが、このご時世に「はいそうです」なんて答えられるはずもない。役人は飄々ひょうひょうとした様子で言った。

「キンケル伯爵には私から事実を伝えましょう」
「俺は伯爵を知らないが、話のわかる人物なのか? 魔女狩りを許容しているのだろう?」
「確かに、魔女狩りについては我関せずの姿勢を貫いていました。というよりも、異端審問官の威光に逆らうことは、教会を敵に回すのと同じ」

 苦々しい声だった。彼自身、ユラシアを異端審問の場に差し出さなければならなかったことを悔いているのだろう。俺は未だ動かないタナさんたちを窺いつつ、役人に顔を向ける。

「為政者として、生贄による平穏を望んだというわけか」
「遺憾ながら、それが事実です」
「で、キンケル伯爵には?」
「身内から本物の魔女が出たのです。の器を示すか、あるいは保身に走るか。私にも興味がある」
「保身に走ったとしたら?」
「……旅にでも、出ますかな」

 役人はそう言った。

「私がまだ二十年若ければ、あるいは反乱をくわだてたやもしれません。が、今は私には娘も息子もいる。あの子たちを戦場に送り込みたくはないのです。為政者の立場である私ですらそうなのですから、より立場の弱い人々は、もっとそう思っているでしょう」
「たとえ正義や大義があったとしても、か」
「左様。ユラシアを生贄に差し出しておいて何を言うと思われるやもしれませんが」

 役人は鋭い視線で俺を見る。俺も役人を見返した。

「どんな理屈であれ、どんな理由であれ、正義を標榜ひょうぼうして始まる暴力など、ろくなものではないのです」

 この役人は、俺の過去を知っている――俺は確信した。疑念などではない、彼は知っているのだ。

「タナさんにも言われたよ」

 俺は肩を竦めた。

「正義は他人を傷つけるものになった瞬間に、ただの正義の顔をした暴力になってしまう、みたいなことをね」
「なるほど、彼女とは気が合いそうだ」

 役人はそう言うと、再び異端審問官と兵士たちのところへと、この炎の嵐の中、悠々と戻っていった。

「魔女クァドラ!」

 タナさんの一声が、炎の嵐をしずめる。

「誰もアンタを裁けないだなんて思っちゃいないだろうねぇ」
『愚民の分際で、何を言う!』
「アンタは――アタシが裁いてやる」

 タナさんは剣を一振りする。クァドラから吹き出してきた炎が切れる。どういう原理なのかはさっぱりわからなかったが、とにかくクァドラの攻撃を防いでいた。

『お前もただでは済まない!』
「小悪党のセリフだねぇ!」

 タナさんは啖呵を切る。

「でもね、そんなことはね、こちとらとっくに覚悟完了してるんだよ!」
『おのれっ! ならば――!』

 クァドラが右手に炎の剣を生じさせる。周囲に逆巻いていたあらゆる炎を凝縮した、青白い剣だ。そしてクァドラの全身からはどす黒い何かが噴き上がっている。

「ふん」

 タナさんは口角を上げつつ息を吐いた。この得体の知れない状況に、全く恐れを抱いていない。

「リヴィ、離れてな。アタシの……いや、ユラシアの邪魔になる」
「わ、わかった」

 リヴィは頷くと、クァドラに正対したままジリジリと俺たちの所まで戻ってきた。

「がんばったな、リヴィ」
「おおきに。せやけどな、まだ終わっとらん。それにパパには大事な仕事があるんねんで」
「大事な仕事?」
「ママの肩揉みや」

 リヴィはニッと笑う。俺は「わかってるさ」と肩を竦めた。そんな俺たちの声が聞こえているはずもないが、タナさんの表情はどこか愉快そうだった。

「クァドラ、あんたの中の醜悪な悪魔を引きずり出してやる!」
『後悔するがいい!』

 クァドラの声が変わった。何人もの男女が一斉に喋っているような声だ。

『その魂をエリザ様に捧げるがいい!』
「はは、正体を現したね、クァドラ!」

 タナさんはクァドラと切り結ぶ。その二人の命を賭けた戦いは、まるで優雅な剣舞を見ているかのようだ。

「悔しいなぁ。ウチじゃ歯が立たん」
「安心しろ、リヴィ。俺なんか腰も立たん」
「うまいこと言うた気になっとるやろ、パパ」

 リヴィはきちんと突っ込んでくる。そして付け足した。

「おおきに、な」
「ああ」

 俺はウェラの手を握りしめたまま、短く応じた。そんな俺を、クァドラの肩越しにタナさんが目を細めて見ていた。俺は頷く。タナさんも頷いた。言葉は要らなかった。

「ユラシア! 後はあんたの好きにしな!」

 タナさんの剣――つまりガナートの剣――が、異常に輝いていた。周囲を切り裂かんばかりのまばゆさだ。それがユラシアの命の、そして意志の輝きだということは、直感的にわかった。

 タナさんの剣が、クァドラの放つどす黒い瘴気をえぐり抜いていく。

「肩凝り何倍か……か」

 タナさんの呟きが聞こえた。

 そこからのタナさんは、さっきまでのタナさんとは別人だった。さっきも相当な手練てだれ感はあったのだが、今はもはや達人の域に達している。全盛期の俺でも、泣いて命乞いをするレベルだ。

 その力をもたらしているのは、まず間違いなくユラシアだろう。だが、それだけじゃない。タナさんの強靭な精神力、心の強さがあっての、ユラシアだ。

「ユラシア、お膳立てはしてやったよ!」

 タナさんの剣がクァドラを貫いていた。タナさんはそれを強引に引き抜いて、躊躇ちゅうちょすることなく鞘に収めた。

「最後くらい、あんたの手でシメな、ユラシア!」

 その瞬間に、タナさんとクァドラの間の地面にぽっかりと穴が空いた。

『何が……!?』

 クァドラが驚愕の声を出す。その穴から這い出してきたのは、一言で言えば、禍々まがまがしい姿だった。半ば溶け落ちた身体、焦げた肉、覗く骨、吹き上げる炎――そしてその顔は憎悪に歪んでいた。それは、修羅と化したユラシアだった。

 ユラシアは右手をクァドラに向けて突き出した。炎が噴出し、クァドラを包む。

『おおおおおおおおっ!』

 ユラシアとクァドラが同時に吠えた。片方が雄叫び、片方は絶叫。そしてクァドラが燃えて消えていく――瞬殺だった。

「ユラシア」

 消えていくユラシアに向けて、タナさんは語りかける。

「あんたのその呪い、確かに受け取ったよ。安心するといいさ。アタシが全部連れて行ってやるさ」
『でも――』

 すっかり姿を消したユラシアの声が届いた。泣きそうな声だった。

「あんたには何の罪もないのさ。だけどそうさね、その代わり。一つ約束するんだ」
『約束……?』
「魔女の約束さ」
『それは……?』
になれ」

 タナさんは短くそう言った。

『でも――』
「でも、じゃない。あんたは今、終わる。だけど、それは始まりなのさ」
『来世――?』
「そう。あんたには、さすがの神様ってやつも、ご褒美の一つもくれるはずさ。それを持って、幸せになりな。アタシがあんたの分まで積み上げた罪咎ざいきゅう以上に、幸せになるんだよ」
『わかり……ました……必ず』
「それでいい」

 タナさんは頷いた。そして俺たちのところへと戻ってくる。

「アタシはあんたの幸せを祈るよ」
『あの……』
「なんだい、ユラシア」
『どうして、見ず知らずの、私に……』
「それはね」

 タナさんは俺の隣に並んで腰に手を回してきた。

「このひとに、良いところを見せたかったからだよ」

 タナさんはそう言って、小さく笑った。

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