#06-04: 魔女たちの目論見

腰痛剣士と肩凝り魔女・本文

←previous

 その後、俺たちは一時間ばかり待ってから、例の広場へと出向いた。ちょうど昼時ではあったが、広場には屋台の類は一つも出ていなかった。人々の姿もまばらで、どこか疲れたような表情をしている者が多かった。もしかすると、先日のクァドラの攻撃の被害者なのかもしれない。

 彼らは一様に、タナさんを見ては怯えたような表情を浮かべた。今のタナさんは黒いドレスに身を包んだ、絵に描いたような魔女の姿である。

「服、着替えてくればよかったかねぇ?」
「めっちゃ魔女やって感じするしなぁ」
「せやなー!」

 ウェラの言葉はいよいよリヴィに近付いている。

「せやけど、ウチはママのその格好めっちゃ好きやで。かっこええし、似合におうとる。元魔女の魔女狩りやな」
「そう、元・魔女さねぇ」

 タナさんはそう言うと、ゆっくりと空を指差した。目が潰れそうなほどに眩しい青空が広がっている。あらゆる雲も駆逐され尽くしたのか、とにかく、青い。タナさんの指を追うと、そこには一羽の鳥が悠々と舞っていた。

とび?」

 俺が言うと、ウェラがまっさきに「ちがう」と否定した。タナさんが目を細めたのがわかる。

「エリさん、あれは鳶なんかじゃないよ」

 そこにカディル審問官が六人の騎士を連れて現れる。その鎧に刻まれた紋章、燦然たる白銀のマントは紛れもない、王国騎士のものだ。

「タナ様!」

 カディル審問官が空を見上げて声を張った。タナさんは鷹揚に頷いた。

「カディル審問官。あんた、自分の身は守れるかい?」
「私は異端審問官です、タナ様」
「ふふ、そういうところさ」
「……え?」
「あんたが煙たがられる理由さ」

 タナさんはそう言うといきなり「抜剣!」と叫んだ。六人の王国騎士たちは何の躊躇もなくそれぞれの剣を抜き放つ。リヴィも魔法剣を抜き、ウェラはカードを用意した。カディルすら儀礼用と思しき片刃の剣を抜いている。俺は……立っているだけだ。

「エリさん」
「ん?」
「王国騎士ってのは、強いのかい?」
「国内最強の使い手しかいないはずだ」
「それは、心強いねぇ!」

 タナさんが言うなり、それまで痛いくらいに眩しかった空が暗転した。広場近傍にいた人々が悲鳴を上げる。

 それと同時に、禍々しく歪んだ暗黒色の鎧の化け物がうじゃうじゃと現れた。

 広場はたちまち阿鼻叫喚の地獄と化す。鎧の化け物は手にした剣や槍で、手近な人間を次々にほふっていく。だが、王国騎士はやはり強かった。俺たち――正確にはタナさん――目掛けて突進してきた数十体の鎧の化け物を鮮やかな剣技でまるで流れ作業のように葬り去っていく。見たこともない化け物とのいきなりの実戦であるにも関わらず、彼らは圧倒的に強かった。

「へぇ、すごいもんじゃないか」

 タナさんは俺の隣で悠然と腕を組んでいる。俺は剣を杖に立っている。ちなみに腰はまだ大丈夫だ。が、こんな硬そうな敵を相手に剣を振るったら、確実にヤバイ。俺は傍らでカードを手にしてこわばった表情を見せているウェラに声を掛ける。

「ウェラ、精霊を」
「わかった。火の精霊さん! 街の人を護って!」
『承知した……と言いたいが、全部は無理だ』
「護れる人を護って!」
『承知した!』

 火の精霊が闇を裂いて広場を駆け抜ける。その巨体から繰り出される力なのか、あるいは魔力なのか。とにかく、火の精霊は恐ろしく強い。鎧の化け物が十数体で突進したが、まさに鎧袖一触という状態だった。

「大暴れだな」
「みんな護れるといいんだけど……」
「やれることはやるさ」

 俺以外は――という注釈がつくのが辛い。それにしても、王国騎士はともかく、カディルが人並み以上に剣を扱えることには驚いた。俺は少し離れたところにいたリヴィを呼ぶ。

「リヴィ、カディルと組め」
「ええっ、こないなおっさんと?」
「単独では背中は護れない」
「しゃーないなぁ」

 リヴィは強いが、あまりにも視野が狭い。一騎打ちならともかく、今のリヴィの技量では、ここまでの乱戦は危険だった。

 タナさんは真新しい短剣を抜いていた。いつの間にやら調達していたらしい。その短剣を器用にくるくると回す。

「エリさん、そろそろ来るよ」
「気の早いことで」

 俺は剣を抜こうとした。が、タナさんに止められる。

「抜かないで、いい」
「でも、俺だって」
「アレだけの剣の使い手が六人。そこにあんたが加わったって誤差の範囲じゃないさ」
「うっ……」

 久しぶりにすごく刺さった気がする。が、タナさんの言っていることは間違いない。王国騎士は、やはりスーパーエリートだ。多分、今の彼らには、全盛期の俺が束になって挑んだとしても勝てやしないだろう。

「リヴィ、ウェラ、ついでにカディル審問官。こっちに戻りな。奴が来る」

 その声を聞いて全員が一瞬でタナさんの周囲に集結する。王国騎士は全員が全身甲冑に重兜だったから、性別すらわからない。しかしその白銀のマントを翻して戦う姿は、やはり美しかった。

「王国騎士か。頼もしいじゃないか。カディル審問官、いい仕事をしたね」

 鎧の化け物があらかた殲滅されたのを見て、タナさんはニヤリと笑う。雨でも降りそうなくらいに空気が湿ってくる。それは粘つくような、不愉快なものだった。

 いや、ちがう。これは空気じゃない。これが魔力ってやつか?

「そうさ、エリさん。いわゆるひとつの、魔力ってやつだよ、これが。魔女がおちいる万能感の正体みたいなものさ」
「万能感?」
「そう」

 タナさんは静かに頷く。

「アタシは今、この都市の人々の意識を認識している。もちろん、エリさん。あんたの頭の中も丸見えさ」
「そんなことが?」
「あるさ。ウェラも感じるだろう?」
「……こわい」

 ウェラは震えていた。俺はその小さな肩に手を乗せる。

「大丈夫だ。タナさんがいる」
「うん」

 ウェラは素直に頷いた。俺としては格好がつかないが、今はそれを言う時ではない。タナさんはカディル審問官に身体を向ける。

「カディル審問官。この都市の真ん中にずらりとある煙突ってさ」
「はい、調べました、タナ様」

 カディル審問官は、すっかり従順になっている。なんとなくしゃくだが、今は我慢だ。

「あれは、魔女ドミニアの鎮魂の炎です」
「なるほどね」

 タナさんは満足げに頷いた。

「この短時間で、やればできるじゃないか、カディル審問官」
「恐縮です」

 カディル審問官の表情は、もはやどこか吹っ切れていた。一瞬俺と目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。彼が信奉しているのはタナさんであって、俺たちその他大勢ではないということか。

「タナ様――」
「カディル審問官と王国騎士たち」

 タナさんはカディル審問官の言葉を遮った。

「この広場に誰も入れるんじゃない。全員追い出すんだ。リヴィ、ウェラ、手伝ってやりな」
「しかしそれでは、タナ様を護れる者が……」
「ここにいるじゃないのさ」

 タナさんは静かに、しかしはっきりと言った。それはもちろん、俺の事だ。しかし、カディルは納得しない。

「せめて、騎士を――」
「くどいよ、カディル審問官。魔女はが倒す。あんたたちは臣民や信徒を守るのがそもそもの仕事じゃないか」
「ですな」

 王国騎士のリーダーらしい男がそう言った。

「カディル審問官。この方のおっしゃる通りです」
「しかし……」
「確かにあちらの騎士殿は剣を振るえない」
「……やっぱり、わかる?」

 俺は思わず訊いた。リーダー格の騎士は兜の面頬を上げた。この国には珍しい浅黒い肌の持ち主だった。俺よりいくらか若いだろう。彼が白い歯を見せて笑う。

「腰が悪いのでしょう、騎士殿は」
「まいったね」

 俺は肩を竦めた。騎士はまた笑った。そしてすぐに真顔に戻ると、ガシャリと面頬を下ろした。

「カディル審問官。心配無用。騎士はたとえ腰が痛くとも、気合と根性でどうにかしますゆえ」
「そ、そうか……」

 そうなの――!?

 思わずツッコミを入れそうになる俺である。そんな俺の心を見抜いてか、タナさんが豪快に笑っている。相変わらず気持ちの良い笑い方だった。というより、この状況で笑えるタナさんは、やはりそれだけで驚異的だった。

 闇の中で笑う黒衣の美女。それはそれだけで迫力十分な絵面だった。

「パパ、ママをしっかり護ってや!」
「護ってやー!」

 リヴィとウェラが少し離れたところから声を張る。そう言われちゃ頑張るしかない。何を頑張ればいいのかは、今の所わからないが。

 その時、突如だ。

 突如。

 闇の空が割れた。

 クァドラのものとは比較にならないほどの炎の柱が広場全体を覆った。

「うわ……」

 俺とタナさんは柱の内側に閉じ込められている。リヴィたちの姿はまったく見えない。金色のほむらの壁が、分厚すぎる。今は無事を祈る他にない。

「大丈夫、エリさん。あの子たちも騎士たちも無事さ。間一髪だったけどね」

 そういうタナさんの瞳は、炎を受けて金色に輝いていた。タナさんは右手の短剣をくるりと回した。

「哀れな魔女ドミニア! 怖気おじけ付いてないで、姿をお見せ!」
『わたしは貴様らと争う気はない』

 タナさんの前に炎が吹き上がる。それは人のシルエットに変わっていく。

「ほう?」
『このまま去るもよし、わたしと手を組むもよし』

 これは意外な展開だ。俺はタナさんを伺ったが、タナさんは短剣をまたくるりと回し、「はん!」と口にする。

「あんたの目的を訊こうじゃないか」
『人の進化』
「はぁ?」
『人は高みに登らなければならない』

 何言ってんだ、こいつ。俺は思わずタナさんを見る。タナさんも肩を竦めている。

『始祖たる魔女ヴァルナティ』
「ヴァルナティ……」

 思わぬ名前が飛び出した。俺は思わず繰り返す。

「ヴァルナティが魔女……? 教会の、だよな?」

 ヴァルナティというのは、一千年の昔、教会を組織した聖母の名前だ。処女にして懐胎したという女神だとも言われている。

『いかにも、ヴァルナティは我ら魔女の始祖』
「ははは!」

 タナさんは笑っている。

「それはアタシも知らなかったねぇ! まさか教会の御本尊が魔女だったとはね」
「本当……なのか?」
「疑う理由はないさねぇ」

 タナさんは首を振る。確かに、ここでこの死せる魔女ドミニアが嘘を言うメリットは思いつかない。ドミニアはなんだか印象に残らない、けれど異常に圧力のある声で続けた。

『ヴァルナティが教会を組織して一千年。時は満ち、我ら魔女が蘇る』
「まさか、女公爵エリザも?」
『いかにも、騎士よ』

 ドミニアのシルエットが大袈裟に頷いた。

『そのために、

 それを聞いた瞬間に、何かが俺の中でカチリとはまった。

『そうだ、騎士よ。そして、よ』

 ――ついに聞きたくない言葉を聞いてしまった。

→next

コメント

タイトルとURLをコピーしました