#06-03: 教会と異端審問官

腰痛剣士と肩凝り魔女・本文

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 カディル審問官は、一刻と経たぬうちに俺たちの前に姿を見せていた。相当急いでやって来たのだろう。髪が汗で濡れて額に貼り付いている。昼食の一つも挟んだ後に来るものだと思っていたから、その迅速さには逆に引いた。
 
 タナさんは艶のある黒いドレスに着替え、化粧もバッチリと決めていた。顔色の悪さは、その化粧によってすっかり覆い隠されている。そして豪奢な椅子に腰を下ろし、軽く足を組んで待ち構えていた。タナさんには悪いが、どこをどう見ても、そのものだった。

 カディル審問官は用意された椅子にすら座らず、直立不動でタナさんの前に立っている。俺、ウェラ、リヴィは、おとなしくソファに並んで座ってその様子を見物している。

 タナさんは何も喋らず、時間だけが過ぎていく。時間が過ぎれば過ぎるほど、空間の緊張度が加速度的に増していく。

 俺たちまでれ始めた頃になってようやく、タナさんが「あんたさ」と、口を開いた。その声の迫力に、俺たちの背筋も伸びる。

「この都市に、本物の魔女がいるとしたら、どうする?」
「ま、ま、魔女、ですか?」

 すっかり敬語が板についてしまった感のあるカディル審問官である。たった数日で五歳分くらいは老け込んだんじゃないかという気もする。そのくらい、カディル審問官の顔は疲れていた。

「本物の魔女がいるというのならば、その、一大事ですが……しかし、その」
「異端審問官」

 タナさんは足を組み替える。俺の隣ではリヴィとウェラがそれぞれぴしっと座っている。俺はそろそろ腰が痛い。

「カディルさんさ。あんたの仕事ってなんだっけ?」
「それは、その、ま、魔女をさがして、その、贖罪の――」
「殺す」

 タナさんの限りなく低い声が部屋を跳ね回る。カディルは傍目はためにもわかるくらいに震えて、律儀にも言い直した。

「魔女を見つけて殺すのが、我々の使命、です……」
「変な言葉で飾らないで、最初からそう言えばいいのさ。物事の本質を隠すために言葉を使うんじゃないよ」

 タナさんは目を細める。だが、何を考えているかは全くわからない、ミステリアスな表情だった。

「アタシは感じている。この都市に、本物の、しかもとびきり上等の魔女がいるってことをね。そいつは息を潜めて、クァドラとアタシの戦いを眺めていたのさ」
「それは、その、何故なにゆえでしょうか」
「この都市がどうしてここにあるのか。あんたは教わってないのかい?」
「この都市が……?」

 カディルは直立不動のまま一生懸命に記憶を探っているようだ。タナさんはたっぷりと間を置いて、今度は指を組み直した。

「封印だよ、この都市は。その封印を弱めるために、ヤツはクァドラをけしかけたんだ」
「ヤツ……といいますと、すでにアタリがついている、と?」
「あんた、異端審問官の中では優秀なんだろう、カディル審問官」
「は、い、いえ、そのような」

 そこで「はい」と言えるような胆力がある男はそうそういまい。そこでタナさんがまた目を細めた。

「いいや、あんたは優秀なはずさ」
「それは……」

 その反応を見るに、図星だったようだ。それはそうだ、教会によって人身御供ひとみごくうにされかけているくらいなのだから。そもそも、異端審問官である時点で、教会では相当な発言力を持つ。このカディルという男は、その教会の古いシステムに馴染めない面もあったのではないかと、ふと思った。

 タナさんが静かに問う。
 
「カディル審問官。ドミニアという魔女のことは?」
「も、もちろん存じております。が、しかし、処刑の後、その亡骸が何処いずこに埋葬されたかは私も知られておらず……」
「それが、ここなのさ」

 タナさんは右手の人差指で床を指す。カディル審問官は何かを瞬時に悟ったようだ。

「それは……まさか」
「あんた、ハメられたんだよ、教会に」
「そんなことは、ありえない……」

 呆然と立ち尽くすカディルに、タナさんは追い打ちをかける。

「まぁ、本当のところは知らない。ヴァルナティの教会なんて勝手に滅びろとさえ思っているからねぇ、アタシは。けど、あんたは逃げられない。魔女に殺されるか、魔女を殺させるか。あんたの道は、そのどっちかしかないのさ。そしてどっちにしても教会ははずさ。開祖・ヴァルナティの高笑いが聞こえるさねぇ」
「わ、私は何をすれば」
「物分かりの良い男は嫌いじゃないよ、アタシは」

 タナさんはそう言って俺を流し目で見る。そんな俺の脇をリヴィがつつく。

「なぁ、パパ。こないなこと、ウチも初耳やねんけど、それってすごくヤバない?」
「ああ。ヤバイ」

 俺は短く応え、再びタナさんとカディル審問官を注視する。

「その前に一つ訊くけどねぇ、カディル審問官」
「は、はい」
「あんた、魔女狩りはやめちまったのかい?」
「い、いえ。魔女狩りはその、王より拝命した、その」
「栄光ある職務」
「はい、その、栄光ある職務ですから、やめるということは――」
「なら、本物を狩りな!」

 タナさんが声を張った。カディル審問官のみならず、俺たちまでビクッとなってしまった。病み上がりの女性が、座ったまま出せる声量とは思えない。

「ユラシアだけじゃない。多くの無辜むこの娘たちを絶望と恐怖に追いやっているんだ、ドミニアは。奴がどこでどう教会とつながっているかはアタシたちも知らない。興味もない。けどね、少なくとも教会はこの騒ぎを利用しようとしている。それは、さね。後は言わないでもわかるね?」
「魔女ドミニアを探せと……? しかし、どのように……」
「それはあんたたちのお得意の分野だろう?」

 タナさんは顎を上げる。カディル審問官は唾を飲む。否、とは言えないはずだ。

「ドミニアは人間に化けてるかもしれないよ。さぁて、あんたに見分けられるかねぇ?」

 タナさんの目がギラリと光る。そこに込められた意味は明白だ。カディル審問官も、それを理解できないわけではないだろう。

「いいね、一両日中だよ。それまでに、本物のドミニアを! ここに! ひったててきな!」
「し、承知致しました!」

 カディル審問官は一瞬だけ姿勢を正し、そして脱兎のごとく部屋を出て行った。タナさんはしばらく毅然とした態度を維持していたが、不意に額に手をやって目を閉じた。

「タナさん、大丈夫かい?」
「肩が凝るねぇ」

 タナさんの口元は少し笑っている。俺は「はいはい」と言いながら、タナさんの後ろに回って、肩に手を当てた。相変わらず石のような硬さだ。

「いいねぇ。気持ちいいよ、エリさん」
「それはなにより」

 俺はそう言って、少し強く揉んでやる。タナさんは「あたたたた」とか言いながらも逃げようとしない。

「しかしアレだね、エリさん。演技ってのも面白いものだねぇ。この戦いが終わったら、アタシ、女優にでもなろうかねぇ?」
「演技やってわかってても、ママ、本気で怖かったわぁ」
「リヴィとウェラには刺激が強すぎたかねぇ?」
「ウチはマジびびったけど、ウェラは?」
「ウェラは、こわくなかった!」

 ウェラはニッと笑った。なんかリヴィに似てきた気がする。ウェラはタナさんの前まで来て、またニッと笑う。

「ママやさしいから、ウェラはこわくなかった!」
「良い子だねぇ、ウェラは」

 タナさんが頭を撫でている。その様子はまさに母と子だった。

「ところでタナさん。あいつにあんな事言ってたけどさ。あいつに魔女を探せるとは思えないぞ? 僧兵もほとんど死んじまっただろ?」
「いいのさ。目的は異端審問官が走り回ることさね。今となっちゃ、そこらの娘を魔女だとは言えないだろう? だから、カディルは延々走り回るハメになるのさ」
「つまり、囮?」
「そ」

 タナさんは一音で肯定する。

「エリさんだって知ってるだろ? 異端審問官はってことくらい」
「ま、まぁな。武のエリートが王国騎士だとすれば、知のエリートは異端審問官だ」
「だから、ドミニアもその正体を看破される危険性に思い至るだろうさ」
「なるほどね」

 それでドミニアが何らかの形で姿を見せると。

「まだ封印の力がある程度残っているうちに出てきてもらったほうがありがたいさね」
「確かに」

 俺は頷く。だからといって、俺たちがどうにか出来る保障などないわけだけども。

「ところでさ、エリさん。頼みがあるよ」
「ん?」

 少し早口なタナさんに、俺は思わず眉根を寄せる。

「アタシが魔法を使ったら、あんたはアタシを殺すんだ。そのつるぎでね」
「な、何を言ってる?」

 動揺する俺。立ち上がるタナさん。タナさんは俺の耳に口を寄せた。

殿
「……やめろよ」
「あんた以外の誰にも、アタシを本当に殺すことはできない。誰かに首をねられたとしても、アタシは蘇るだろう。そんなのは、ごめんなのさ」

 魔女は死なない――。俺は額に嫌な汗を感じる。

「でも、あんたになら、アタシを殺せる。それを忘れないでおくれ」
「……例えそうだったとしても」
「大丈夫」

 タナさんは俺の手を取った。

「アタシだって、みすみすに戻るつもりはないよ」

 美しい微笑みが目の前にある。すぐそばにある。

「絶対に、魔法は使わせないからな」

 タナさんはそう言って、また微笑み、俺を軽く抱いた。

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