DC-03-02:超級のバトル

治癒師と魔剣・本文

 グラヴァードはまだ武器を抜かない。

「もう一度言う。その妖剣を俺に渡せ。それはたとえとはいえ、君が扱いきれる代物ではない」
「だとしても、貴様に渡すわけにはいかぬ」
「君ひとりの問題ではない。何万、あるいは、何十万と人が死ぬ」
「貴様の手に渡ればそれが十倍にならないという保証もない」

 エリシェルが妖剣テラを構え直した。グラヴァードの視線は、エリシェルの目をまっすぐに射抜いている。エリシェルの瞳孔が月明かりを受けて一瞬揺れた。

 グラヴァードは右手を大きく振り抜いた。輝く透明な壁がエリシェルの一撃を完全に弾き返していた。エリシェルは瞬間短距離転移の魔法ヴァーレッドで、文字通り一瞬で間合いを詰めたのだ。

「ッ!」

 必殺の一撃を難なく防がれたことに、エリシェルは動揺を見せる。グラヴァードは振り抜いた腕を戻し、また腕を組んだ。

「俺を誰だと思っている。銀の刃連隊ガーナルステッドは確かに神帝師団アイディーと比肩し得る最強の集団だ。だが、俺からしてみれば、いずれも烏合うごうの衆にも等しい。君もまた、例外ではない」
めた真似をする」

 エリシェルは冷静さを取り戻すと、自身の周囲に三つの火球を生じさせる。グラヴァードは「ここでそれを使うか」とやや呆れた口調で呟いた。火球が飛来するが、グラヴァードは左腕の一振りでその三つを同時に消滅させる。直後、エリシェルが一挙手一投足の間合いに現れて、妖剣でグラヴァードの首をいだ。

 が、その一撃はようやく抜かれた青白く輝く剣で防がれた。目にも留まらぬスピードでの防御行動と、そこから続く斬撃。エリシェルは瞬間短距離転移ヴァーレッドを繰り返して逃げる。が、グラヴァードも同じく瞬間短距離転移ヴァーレッドを駆使して執拗に追い立てる。

 双方から放たれる魔法や斬撃を受けて、ディケンズ辺境伯の出城が見る間に破壊されていく。時々ディケンズ兵と出くわすこともあったが、グラヴァードは完全に無視していた。脅威度は極めて低かったからだ。

「肉の盾にでもするかと思えば」
「私を見くびるな、グラヴァード!」

 エリシェルたちは城の中庭に出ていた。二人を取り囲むようにして兵士たちが集まってくる。エリシェルはグラヴァードから目をらさぬままに怒鳴る。

退がれ! 巻き込まれるぞ!」
「彼らの存在で君が戦いにくくなるというのなら、それは好都合。無駄な犠牲を出さないためにも、その剣を手放せ」
「くどい」

 エリシェルは妖剣に魔力をそそぎ込む。グラヴァードの白い髪が揺れる。月光に照らされて輝いている。

「妖剣が君の手にあるということは数万からの犠牲を甘受することになる。ならばここにいる数百の兵士の命とどちらを選択するかは……明らかだろう?」

 だが、エリシェルはグラヴァードの言葉に応えなかった。無言で転移と斬撃を繰り返す。だが、グラヴァードは身動きもせずに魔法障壁だけでその全てを弾き返していく。

巫山戯ふざけた、真似を!」

 吠えるエリシェル。その光の魔法がゼロ距離で炸裂する。グラヴァードは瞬間的に障壁をそこに集中させて、自身は転移で距離を離す。が、その動きはエリシェルに読まれていた。グラヴァードが逃げたその位置に、正確に火球が着弾する。その時にはもうすでに兵士たちのほとんどは中庭から逃げ出していた。

「甘いな」
「ッ!」

 グラヴァードはそれすら読み、逆にエリシェルの背後から斬撃を繰り出した。エリシェルは寸でのところでその一撃を回避したが、マントがずたずたに裂かれてしまった。

「マントに救われたな。それに魔力が込められていなければ、今ので終わっていた」

 グラヴァードは剣を収めた。

「力でカタをつけるのは、俺にとっては難しい話でもない。だが、今回はそうもいかん。君が君自身の意志でその剣を手放さなければ、妖剣は何度でも君のもとへ戻る。君はいまや、宿主だからな」
「何故にこの剣をそこまで求める」

 エリシェルは油断なく剣を構えていた。グラヴァードの目から見ても付け入る余地のない、完全な防御体勢だった。

「この剣が異常な力を持つのはわかっている。だが、それだけではあるまい」
「聞かされていないのか、やはり」

 グラヴァードは淡々と呟き――その名を告げる。

「魔神ウルテラは知っているか」
「ウルテラ……創世の異形の一柱か」
「そうだ。ウルテラの力を分かち、剣の形で封印した。その一つが君の持つ妖剣テラ。魔剣ウルとの邂逅を……再会を果たした時に、魔神ウルテラは蘇る」
御伽噺おとぎばなしに興味はない」
「信じるも否も君次第ではあるが、現に魔剣ウルは君のその剣を求めて動き始めているようだ」
「貴様の手許ところにあったところで、その魔神ウルテラが蘇るだけだろう」

 ならば――と、エリシェルは妖剣を収める。

「私は我が皇国が命じるままに動く。それこそ騎士の忠義の証」
「君の観念形態イデオロギーにとやかく言うつもりはない。だが、君の答えは理解した。君のその決断は無辜むこの人々の命を大量に奪うことになるだろう。君はそれに耐えられるものかな」

 そう言い残し、グラヴァードは姿を消した。

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