ある剣の追想 -01.鍛冶師

魔女のオラトリオ・短編
魔女のオラトリオ」関連短編――。

 今となっては遠い昔。思い出そうとするだけでも意識くらむ。それほどに遠い昔。

 私はある鍛冶師によって生み出された。この世で最も硬い金属、白銀鋼しらがねはがねと呼ばれる特殊な鉱石で作られた私は、鍛造の頃より強い魔力に晒されていた。魔法使い、いや、と呼ばれる者たちによって、力を与えられ続けていた。その結果として、私はまだこの剣の形になる以前から、このようにして確固たる意思と認識力を持つことになった。

 鍛冶師は形になった私を、貴重な砥石といしで研いだ。並の砥石では白銀鋼しらがねはがねである私を研ぐことはできなかったからだ。その砥石は空から落ちてきたという赤隕鉄せきいんてつから、鍛冶師が自ら作り上げた。その砥石によって仕上げられた私は、ありえないほどの精巧な刀身と、鋭すぎる刃を持つに至った。剣先から柄頭つかがしらに至るまでみなぎる甚大な魔力。奇跡の一振りと言っても良い――私は自身を認識てそう思った。この鍛冶師は当時の王国にいて、最高の腕前を持つという評判だった。

 鍛冶師は魔女の家系で生まれた。女性のみならず一族の男性の多くも魔女――後に男の魔女は導士と呼ばれるようになるが――であり、その中にあってこの鍛冶師だけが魔法の力を持たなかった。哀れなほど、この男には魔法の素質がなかった。だが、その剣を作り上げる技能には、数多くの職人たちが「天才」との賛辞を惜しまなかった。まるでそれまでの迫害を帳消しにしようとするかのように。

 私は「剣」だ。剣には二つの役割がある。一つは直接的に人をこと。もう一つは持ち主の権力を誇示し、それにより人をこと。しかし、いずれにおいても、つまり――私は殺人の道具だ。そんな事は生まれた瞬間から理解していたが。

 私が最初に殺したのは、鍛冶師の両親だった。そして祖父母、兄弟、妻、自らの赤子たち。私を手にしていたのは当の鍛冶師だった。彼は言う。あらゆる怨讐を晴らし、また、愛する者の血を吸うことでお前は完成する――と。そして私は魔女たちの血をふんだんに吸い込み、その力を取り込むことで、鍛冶師の言ったとおりに完成した。赤子を手にかけた時の鍛冶師の苦しみは、私にも直接流れ込んできた。その感情は私には理解のできるものではなかったのだが。

 鍛冶師はその後、捕えに来た王国の兵士たちによって殺された。私を振るい、兵士数十名を道連れにした鍛冶師は捕えられた。鍛冶師は即日処刑されたが、その際には私が用いられた。「試し切り」と称して、鍛冶師の身体を滅多切りにしたのだ。

 とどめも刺されず、血に染まった石床に転がされた鍛冶師は、最期に声もなく笑った。これでお前は完成した――と。

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