ある剣の追想 -02.貴族

魔女のオラトリオ・短編
魔女のオラトリオ」関連短編――。

前話

 鍛冶師の次に私を手にしたのは、王国の有力貴族だった。王国といっても、今の王国が成立するよりもずっと以前の話だ。当時は今からは想像もつかぬほどの戦乱の世、まさに群雄割拠の時代だった。その貴族は私を王国の宝物庫で見つけ出した。私は彼の望みを聞き、叶えてやることにした。彼の望みは彼の仕える現王国を倒し、自らが王になるという至極子供じみた、とても単純なものだった。端的に言えば、彼の望みは権力と富、それだけだった。王家とは血の繋がりさえあったが、彼はその全てを切り捨てることにした。

 彼は宝物庫の管理を任されることとなった。なに、私は少し横車を押しただけ。えにしの糸を爪弾いただけの話だ。宝物庫の品々を彼は実に巧みに着服し、そしてきわめて注意深く、かつ、効果的に利用した。品々の中には魔法の品もあった。それらは魔女たち垂涎の品々だということが私にはわかった。だから、私は彼にしてやった――魔女たちを利用しろ、と。素直な彼は私の存在によって自らの力を誇示し、品々によって魔女や有力者たちを抱き込んだ。

 王国の滅亡は一瞬だった。たったの一月少々で、栄華を極めた王国は焦土と化し、王族の多くは捕らえられ、見せしめのようにして殺され、その遺体は人々の前で犬の餌となった。人間とはなんと残忍な生き物なのかと、私は自分が剣であることも忘れて怖気おぞけを覚えたほどだ。

 彼は王国中枢から遠い地方貴族を始めとした数多くの味方の後ろ盾でそれを成し遂げたのだが、その梯子はしごを外されるのも早かった。彼の唯一にして最大の失敗は、魔女たちとの約束をたがえたことだった。

 魔女たちとの約束。それは、彼の望みが叶った暁には、を魔女たちに差し出すこと――それだけだった。しかし、彼は私の力によって王国を滅ぼし、自身が国王になれたのだと信じて疑わなかった。その真偽の程は、私にもわからない。しかし、彼はそう信じていたがゆえに、私を失うことを恐れた。そしてまた、自分自身の身を守る術を失うことを恐れたのだろう。彼はあろうことか、彼を大いに助けた全ての魔女を捕まえ、ありとあらゆる拷問の限りを尽くして己に忠誠を誓わせ、そして、殺した。魔女たちは私を餌に集められたのだ。そして、死後に呪われないようにと、彼に忠誠を尽くすことを誓わされたのだ。

 しかし魔女はやはり恐ろしい存在だった。魔女たちは死の間際に私に一層の魔力を注いだ――として。しかし、私にはわかっていた。それはだと。もとより呪いと共にこの世に産声を上げた私は、こうして更に、魔女たちの断末魔の呪いで強固に塗り固められた。そして正視に堪えない姿となり死に絶えた魔女たちの首を落としたのは、私の血塗られた刃だった。

 最後の魔女の遺体から首を切り離した直後、彼は狂った。彼に忠誠を誓っていたはずの臣下を次々と私の刃を用いて殺害し、あまつさえ、家族も、己の子どもたちすら全てを殺して回った。新たな王国は、こうして半年と持たずに自滅して、果てた。そして私はまた主を失った。私を見つけたある将軍は、私に刻まれた血の呪いを見抜いた。彼女はおそらくは力ある魔女だったのだろう。彼女は信頼できる部下たちを呼び、「決してこの剣を抜いてはならぬ」と言いおいて、私のための封印の間すら魔女たちに用意させた。そして、厳かな祈祷の末に、再び私を眠りにつかせた。

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